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マリマリが大人になった時の話

この記事は「カニ人アドカレ2023」5日目の記事です。
4日目→ 小湊白鳥飛来地に行った日記

カラマリちゃんとマリネラちゃんの話を書きました。勝手にコンビ名をマリマリにしました。

というわけでカプ(恋愛感情)ではないつもりです。全部妄想です。以前書いたお話と繋がってるので、先にこちらを読んでいただいた方が良いと思います。↓

あと、同じ世界観なのでこれらも読むといいかもですが、必須ではないです。↓

カラマリちゃんがオクラホマオクトパス人魚ちゃんと出会う前の話

カラマリちゃんが船長になった時の話

カラマリちゃんとオクラホマオクトパス人魚ちゃんが戦う話


再会

 獲物がいないかを探して、遠くへ遠くへ目をやる。昔は倉庫の中に引き篭もることが仕事だったというのに、今は堂々と甲板に出て、時々船員と酒を飲んだりする。
「カラマリ、何か目ぼしいものはありそうか?」
「ああ、父さん」
 話しかけてきたのは副船長で、ボクは親しみを込めて父さんと呼んでいる。
「この辺りも警戒が激しくなってきたし、今の所獲物はいないかな……有名になったせいだ……。久々に漁に出ようかな」
「それはちょっと不安だなぁ」
「カニ人がいたら並大抵の奴らじゃ敵わないさ」
「そうカニよ」
 幼い頃から共に過ごしてるカニ人が応える。一見弱々しくて可愛らしい二足歩行のカニだが、大砲をモノともしない強靭な外骨格、どんなに屈強な男でも捻りあげる筋力、小さな体を生かした小回りの良さなど戦闘においてはかなり強いのだ。それでも、"人魚"と呼ばれる水中に住む異形に対しては弱いらしく、どうやらボクもその血を引いているようで、ボクとの模擬戦は必ず負けるので船内ではあまり信用がない。本当に強いのに。父さんとの模擬戦では一瞬で父さんが投げられてエンドだ。
「あ、いや待って、何か船が……ああでも、小さいな。大したものはなさそう」
「じゃあ放っておくか」
「そうだなぁ」
 密漁をすれば日銭にも食料にもなるし、本当にやるか、とぐっと伸びをして、動くのに邪魔なマントを外す。ボクの漁は素潜りだ。とにかく深く潜って、高く売れるウニとか貝を拾ってくる。普通の人間よりずっと長く潜れるから、子どもの頃から好きだった。
「ああ、カラマリ、レディなんだから着替えは見えないところでしろってあれほど」
「マント脱ぐぐらい変わらないだろ」
「変わるんだよ、男ってヤツは……お前がこーんな小さい頃から知ってるヤツはいいけどよ、新しい船員は」
「あーはいはい」
 父さんは豆粒を掴むみたいなジェスチャーをする。そんなに小さい時期はない。小言を適当にいなしながら海に飛び込もうとした瞬間、ボクはかすかな違和感に気がついて、ぴたりと止まった。
「あの船、おかしいぞ。スピードを上げてる。このままだとこっちにぶつかる」
「おいおい、操縦効かなくなってんのか? こっちが避けてやらなきゃいけねえのかよ」
「いや……待て……あれは……!」
 波飛沫をあげて猛スピードで突っ込んでくるその船に、見覚えのある色が乗っているのが見えた。艶かしい紫色の、うにょ、と動く……触手。
「まさか……!」
 ボクは興奮を隠しきれなくなって、背中の大きな腕を使って体を持ち上げ、ようく見ようとした。船はぐんぐんとこちらへ迫ってくる。ああ! あれは、あの時の! ボクの疑惑が確信に変わった瞬間、その紫は海へ飛び込んで、ざばんと音を立て、船を引き摺りながら猛スピードで泳いできた。

「ねえ、カラマリ、私も海にきたよ」

 ボクの記憶からは少し大人びて、真っ白な髪はボクと同じように潮風に靡き、つぎはぎのない服を着た旧友が、そこにいた。
「マリネラ!」
「知り合いか?」
「オクラホマに行ったときに会ったんだ」
「懐かしいカニ」
 ボクは嬉しくなって大声を出す。
「何してるんだ、そんな小さな船で。旅にでも出たのか?」
 綺麗になった容姿とは対照的に、彼女の顔は昔よりも澱み、薄寒い気配を纏っているように見えた。ボクは訝しみ、ほんの少し警戒する。
「お母さんを探してるの。私を助けてくれなかったひと」
 私を助けてくれなかったひと、というその言葉がずしりと胸に響く。ボクにとって憧れのあのひとは、彼女にとってはおそらく母親で、ということは、自分を捨てた者なのだ、ということを改めて認識する。
「……ああ、オクラホマオクトパスの人魚。ボクも探してるんだけど、なかなか出会えないんだ」
「カラマリの綺麗な顔も、髪も、忘れられなかった。私はそれになりたかった。大人になったら連れてってくれるって言ったじゃん」
「え、えっと」
 突然ボクの話に切り替わり困惑する。彼女は脈絡もなく、思い浮かんだことを話しているようで、俯いたままぎゅっと服を握りしめている。
「なのに先に大海賊になっちゃって……それでカリブ海に来たんだよ。有名だよ、その旗。異形娘(フリークガール)のカラマリ……知ったばかりの頃は毎日ワクワクしてた。いつ来てくれるかなって」
「ごめん……その……すぐにはいけなくて。でも、違うんだ、片時もキミを忘れたことはない」
「嘘つき」
 殺気がぎらり、ボクを突き刺す。あまりにも鋭い瞳、カニ人は怯んでボクの後ろに隠れてしまった。
「お母さんとカラマリを倒す。そして私が次の"海賊を襲う海賊"になる……たくさん待ってから、そう決めたの。カラマリを倒したら……箔がつくよね? お母さんにだって、私のことが伝わるかも」
「待って、あの人魚ならボクも追ってる、目的は同じだ。憧れの存在ともう一度戦うという意味でも、友人の親に一矢報いてやるという意味でも、ボクだって彼女を倒したい。なあ、ボクの船に来いよ、マリネラ。ボクはキミと一緒に海賊をやりたいって、ずっと」
「嫌。嘘つきのカラマリにお母さんはあげない」
 たしかに、本当に彼女と海賊をやりたいのなら、船長になってすぐオクラホマに向かうべきだった。その非は確かにボクのものだから、何も言い返せないでいる。そうしている間に彼女は背中から数多の武器を取り出した。母親の戦い方と同じだ……その何本もある触手で、自由自在に武器を操る。あまり手入れされているようには見えないなまくらが襲いかかってきて、視界が微かに滲むのを感じながら薙ぎ払った。ああ、幼い時、あの人魚と戦った時のような高揚感はない。ここにあるのは、母なる海のように深い悲しみだけ。
「本当に、本当にボクは、キミをずっと特別に想って」
「私だってそうだったのに! 迎えに来てくれるのを、ずっとずっと待ってたのに、別のタコの異形を倒したとか! 他の奴らと旅に出たとか! そんで海に戻って海賊やってるとか! どんな思いでそういう噂を聞いてたか、知らないくせに!」
「ごめん、マリネラ、ごめん」
「カラマリなんか嫌い、大嫌い!」
 その瞬間、大きな大砲の音が響いた。マリネラは対してダメージを受けないが、彼女の船にダメージが入る。
「とうさ……副船長! やめろ、ボクは何の指示も出していない」
「ガキの痴話喧嘩邪魔するのも悪いが、船長が殺されるのはもっと悪いんでね。まあこんなんじゃ意味ねえだろうけど」
「父さん……?」
 マリネラはぴたりと動きを止めて、じいっとボクの目を見つめる。
「やっぱり、カラマリは何でも持ってるね。綺麗な髪、綺麗な服、飢えずに済むお金、旅に出る友達……守ってくれるお父さん」
 毎晩ギターを弾いてるから、夜は眠れないの。魚を売ってなんとか生きてるんだ。髪の毛にシラミがついたら、あたしなんかみないでギター弾いてるお父さんの横で、ずっと卵を取り続けるの。そういってへらりと笑っていた、あの時の彼女が鮮明に浮かぶ。お父さんには自分しかいない、でも自分にはお父さんはいない……。
「住む世界が違いすぎた。あんな一瞬だけで、友達なんかじゃなかった」
「そんなことない!」
「あるよ!」
「ないよ! バカ!」
 ボクは大声で叫んだ。理屈なんかそこにはなく、ただ頭に血液の上る感覚だけがある。気づけばあの時以来の力……子どもの頃、彼女の母と戦った時の力を発揮し、ボクは海へと、彼女の眼前へと出ていく。
「マリネラだってボクのこと、なんにも知らないくせに! だってボク、言ったじゃないか、キミは、キミは綺麗だって、出会ったとき、胸が熱かったのはボクだけだったか!? 友達どころか、無二の存在だとさえ思ったのはボクだけだったのかよ、ふざけるなよ、じゃあいい、ボクの船を襲うなら容赦しない。キミの名が海に轟く前に、沈めてやる。タイマンだ、ボクとキミだけの戦いにしよう。友達に戻ってくれるなら、いつでも参ったと言え」
「誰が言うもんか。私はそっちが参ったと言っても、手を止めない」
「勝手にしろ」
 船員に下がれと指示を出し、武器を構える。体躯は同程度、戦闘経験はボクの方が遥かに多いはずだ。勝算しかない。
「はじめ」
 ボクが呟くと、彼女は狙いを定めて数多の触手を放った。触手の多さは彼女の強みだ。ボクには2本しかない。しかしその2本には指があり、より繊細な動作ができる。これはボクの強みだ。
 わけがわからない、と言いたかった。悲しみ、憤り、悔しさ、愛おしさ、慈しみ、憐れみ、種類の違う様々な感情が大時化の海のように心を乱しゆく。参ったと言って欲しい。ただ同時に、言わない彼女を水底に沈めたいという、抗いがたい加害欲求。でもやっぱり、参ったと言って欲しい。
 オクラホマにいた時期は本当に楽しかった。お金は受け取れないというから、魚を深夜に売る方法を一緒に考えたり、どうせ父親がまともじゃないならと、ボクのホテルに泊めてみたり。ああ、ふかふかのベッドで寝るのってはじめて! 美味しいお肉を食べるなんて、お風呂上がりに綺麗に洗濯されたパジャマに袖を通すなんて、こんなに早く眠るなんて、全部全部、はじめて、そう喜んでいた彼女が痛々しくて……。それでも一緒に過ごせることが楽しかった。オクラホマオクトパス人魚の目撃情報も一緒に追いかけて、でもついぞ見ることは叶わなかった。
「お母さん、本当にいるのかな」
「少なくともボクには、とても似ているように見える」
「死んじゃってたらどうしよう」
「まさか、彼女はとんでもなく強かったよ、あれを殺すことができるのは神様ぐらいだろう」
 ボクと一緒に過ごしていると涙もろくなる、と彼女は語った。普段は泣くことなんかないのに、カラマリの前だと、嬉しくても悲しくても泣いちゃう。ボクは、友達ってそういうものじゃないかって返したけど、本当は、カニ人しか友達なんかいないし知らなかった。ボクだって、ボクだって……。

「そこまで!」
 父さんの声でハッと気がつくと、意識を失ったマリネラが浮かんでいた。
「マリネラ!」
 自分でやったくせに急いで拾い上げ、船上へ戻る。何本かちぎれた彼女の触手が、ゆっくりと再生してゆく。ああ、こんなに、ちぎれるほどに激しく戦ったのか。初心者相手に。彼女の戦い方は、見た目こそ母親そっくりなれど、まるでなっていなかった。戦ったことなんかほとんどなかったんだろう。ただの人間相手なら、まともに戦いさえせずとも勝てるのだから。ここまでやるつもりじゃなかったのに。
「大丈夫カニよ、人魚人の回復力はハンパないカニ。放っておけば治るカニ」
「ああ、でも、マリネラ……マリネラ、ボクのせいで」
 ボクは初めて出会った時のように彼女を抱擁する。違うのは、向こうからは返ってこないということ。
「仲直りって、したことがない。ボク、喧嘩をしたことがない」
「生きていればなんとかなるさ」
 父さんがわしゃわしゃとボクの頭を撫でる。普段ならいい年なのだからやめろと怒るのだが、今はそんな気分じゃない。
「俺なんか古株の船員とは大体殴り合ってきたぞ、一回気絶させたぐらい大丈夫だ」
「でもボクは……ちがう、殴ったのはいいんだ。そうじゃなくて、すぐにオクラホマに行けばよかった。マリネラを忘れたわけじゃない……でもボクは浮かれていて……」
 言い訳をしながら彼女の頬に涙を落としてゆく。
「ボクが悪かった……」
 ボクは船長室へマリネラを連れてゆき、普段からまめに手入れしているベッドで寝かせてやった。こんなに綺麗なベッドで寝たのは初めてだ、と聞いたあのときのように……。彼女は安らかに寝息を立てていて、確かにカニ人の言うとおり命に別状はなさそうに見えた。ボクは彼女の横顔を見つめ、そのまま眠った。

「おはよう」
 頭上から降ってきた声ではっと目が覚めて、硬い床から体を起こす。
「マリネラ! ああ、よかった、もう起きてくれないかと……」
「……」
 彼女は少し気まずそうにボクから目を逸らし、1cmも開かない唇でつぶやいた。
「参った」
「……!」
 たまらずベッドに登って彼女に飛びつき、力一杯抱きしめる。
「ごめん、本当にごめん、ボクってなんてバカなんだろう」
「こっちこそごめんね」
 すでに回復している触手がゆっくりとボクを包み込み、彼女の中に埋もれるような形になった。
「バカはこっち。海ってこんなに広いの、知らなかった。カラマリを探すのすっごく大変で……でも会えるって思ってた」
「実際会えたじゃないか、じゃあバカでもなんでもいい」
「……海でずうっと過ごして、ここは私のいる場所じゃないってこともわかった」
 ボクと同じ潮の香りがする髪の毛が、ボクの頬をくすぐる。昔とは違う香り。
「澄んだ水を浴びたいな……」
「ああ、わかるよ。ボクもオクラホマにいたとき、潮を浴びたかった」
 ボクらは顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
「海賊にはなれないや。ごめんね、約束したのに」
「いいんだ、こちらこそ迎えにいくって言ったのにごめん。また会いにいくよ」
「カラマリのお父さんに船壊されちゃったからさ、責任持って送ってってよ。オクラホマまで。小舟一つぐらいあるでしょ?」
「まあ、ないけど調達するよ。海賊だから」
 さすがだね、なんて言われながら、どちらともなく手を繋いで部屋を出る。
「おー、仲直りしたのか」
「子供みたいに言わないでよ」
「俺から見たら二人ともガキだ」
 もういい年なのになあと思いつつも、「なんだか子供でいられるっていいね」ってマリネラが言うから、そうかもね、と囁き返す。
「ボク、またオクラホマまで行くから。小舟を手に入れたらすぐ行くよ」
「ああ? オクラホマって内陸だったっけか、沿岸まではこの船で行けばいいだろ」
「いいの?」
「当たり前だろ、お前船長だぞ」
 たしかに、と頷いて、ボクは船員全員を呼ぶ。
「お前ら! この船は今日からオクラホマを目指す! 航海計画はジャックがたてること、3日以内でできるか? それから航海計画に沿った予算計画はベン、頼んだ……ああ、あと、この子はマリネラ。大事なお客様だから、手を出したら死刑より苦しい罰をボクが直々に与える。護衛はボクがする」
 いつも通り指示を出すボクを見て、マリネラは呆けた顔をした。
「カラマリって、頭いいね」
「そうかも」
 ボクはそのまま彼女を船頭へ誘導し、ボクらがこれから進んでゆく水平線を眺める。二人で浴びる潮風は心地よいが、彼女にとっては違うだろう。それでもボクらは友達であるということが、たまらなく嬉しい。
「ああ、海に出てひとついいことがあったんだった」
「なにさ」
「お魚の味が違う」
 魚、そういえば淡水の魚は結局食べなかったな。そう返すと、マリネラは心底楽しそうに、にやりと口元を歪ませて、知らなかったんだけどさ、と言う。
「タコとかイカって、めちゃくちゃ美味しい」


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