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【小曽根真】第71回アサヒビールロビーコンサート 小曽根真ピアノライブ! As we like 2002年3月4日 アサヒビール本社ビル1階ロビー

第71回アサヒビールロビーコンサート
小曽根真ピアノライブ! As we like
2002年3月4日 18:45~21:00 アサヒビール本社ビル1階ロビー(東京都墨田区) 


プログラム
第一部
1 Black Forest ( by Makoto Ozone) from ”Breakout” ”Wizard of Ozone”
2 Bienvenidos al Mundo ( by Makoto Ozone) from ”So Many Colors”
3 Someday My Prince Will Come ( by Frank Churcill)
4 Cubano Chant (by Ray Bryant) from “Dear Oscar”
5 Asian Dream( by Makoto Ozone) from ”So Many Colors”
6 Exactly Like You ( by Dorothy Fields / Jimmy Mchugh) from “Dear Oscar”
7 Terra de Amore ( by Makoto Ozone) from ”So Many Colors”
(休憩)
第二部
8 We’re All Alone (by Boz Scaggs) from ”Wizard of Ozone”
9 Le Tombeau De Couperin - Prelude (by Maurice Ravel) from “Virtousi”
10 Milonga (by Jorge Cardoso) from “Virtousi”
11 Piano Concerto in F, Movement Ⅲ (by George Gershwin) from “Virtousi”
12 Spring Is Here (by Richard Rogers)
13 La Fiesta (by Chic Corea)
14 Home ( by Makoto Ozone) from “The Trio” as Encore

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2002年3月4日午後6時45分、浅草隅田川河畔に佇むアサヒビール本部ビルの1階ロビー。小曽根真ピアノライブ!As we likeが静かに始まろうとしていた。隅田川に向かって開いた巨大なガラスを背に舞台がしつらえられ、そこにYAMAHA製のグランドピアノが一台。大理石に囲まれた硬質でシンプルな空間である。客席は、ピアノの置かれた扇の要の部分から放射状に三列。招待イベントとあって、やや年齢層の高い聴衆が集まっているようだ。アサヒビールの社員の方の挨拶と紹介が終わり、いよいよ小曽根さんが登場した。今日は、黒とグレーのコンビネーションのシャツ。軽やかに舞台に駆け上がる。
「静かですね」(笑)
「今日はソロのコンサートなのでプログラム考えてきてないんです。メモを見ながら適当に・・・私の人生そのもの(笑)。ところで、このロビー、すごく響きがいいんですよ。よく音が響く、気持ちのいい音の出るピアノがあるところでしか弾けない曲から、聞いていただきます。」


1 Black Forest
ソロのために書かれた叙情的な曲を、クラシックの語法を多用して切々と歌いあげる。小曽根ワールドへの見事なイントロダクション。この曲を一番目に持ってきたところに、今日のコンサートにかける小曽根さんの意志を感じた。静けさへの傾倒。


2 Bienvenidos al Mundo 
このところ、オープニングに演奏されることが多かったこの曲を二番目に・・・。もちろん、毎回演奏の手法もテクスチャも異なるのだが、今回は昨年末以来の不協和音を多用した音が散乱するような演奏でなく、デキシーランド風のファンキーなスイング感あふれる演奏。いやこれが実に楽しい。そして完璧なのだ。小曽根さんのプロデューサーとしての天才的な才能がここに表れる。第一曲に対して、第二曲で自らがアンチテーゼをぶつけ、注釈をつける。恐るべきやんちゃ坊主なのである。


3 Someday My Prince Will Come
小曽根さんのディズニーである!小曽根さんのディズニーである!!先日、西海岸のテットというコンベンションでハービー・ハンコックと一緒に演奏した曲を今日はソロで。この演奏をなんと表現したらいいのだろう?おいしい!yummy! こんな単純な言葉しか浮かんでこない。ジャズの楽しみのすべてがつまった演奏。小曽根さんのとてもたくさんある引き出しが次々に明けられてゆく。そしてハービーに対する心からのレスペクト。


4 Cubano Chant
ご存じ、小曽根さんが12歳でピアノに開眼したきっかけとなったオスカー・ピータソンの一曲。“Dear Oscar”に収められているとおり、オスカーに対する感謝と尊敬の念がこめれている。小曽根さんは、この曲を実に丁寧に演奏した。
「チャント、チャンティング、これはインディアンのメロディなんでしょうね。日本人にはとてもなじみやすいと思います。今、僕はニューヨークに住んでるんですが、あの小さな島にこれでもかというほどたくさんのビルが建てられている。まさにコンクリートジャングルなんです。殺伐としているように見えますが、そこにお互いがお互いをレスペクトしあって暮らしている。世界中の人々が集まってきていますから、人間どおしのコミュニケーションがすごく活発なんですね。だから、あの街の財産は、どう考えても「もの」でなくて「人間」なんです。常識といっても、たくさんの国々の人々が集まっているから、それぞれの常識がある。僕は最近、日本人で良かったと思うようになったんです。昔は、自分の中に日本人的なものを指摘されるといやでしかたがなかった。ジャズやってんのになんで日本やねん!という・・・。日本って湿っぽいというイメージがするんですよ。でも最近になって、その湿っぽさが強さだと感じるようになった。僕がバークリーを卒業して、コロンビアと契約するとき、契約書が80枚ありました。こういう場合はこう・・・全部取り決めてある、だけど日本にもどったら契約書3枚だけでしたからね。契約書の最後に、問題が起きたときはお互いが誠意をもって話し合うと書いてある。(笑)その優しさ、強さ。僕は、東洋人であることに誇りをもっています。アジアというとベトナムを思い出すんですが、三角の帽子をかぶって田植えをする風景。霧雨が降っていて・・・白黒のモノトーンの風景を思い浮かべてください。次にこの曲をおおくりします」


5 Asian Dream
東洋的な雰囲気のバラード。名曲である。今後の小曽根さんの方向性を強く示唆している重要な曲。気がつくと隣でSumikoさんが涙をぬぐっている。感動がひろがってゆく。


6 Exactly Like You
そして、またファンキーな曲に戻る。聴衆の心は揺さぶられっぱなしだ。アルバム“Dear Oscar”の最終曲。途中で小曽根さんが一本指奏法を見せる。アップテンポな曲だけに、ものすごく難しそう。途中で、最前列に座っていたお行儀のよい小学生のお嬢さん達に小曽根さんがはなしかける。「簡単そうに見えるでしょ?やってみる?結構難しいよの」。そう難しいにきまっている。


7 Terra de Amore
”So Many Colors”からの一曲で第一部は終わった。小曽根さんはいう「僕も単にピアノがうまいピアニストというだけではなく、音楽を通じてポジティブなパワーを聞く人に伝えていけるようになりたいと思っています」。聴衆の年齢層がやや高いためか、ジャズの演奏に慣れていないためか、やや会場の雰囲気が固かったかもしれない。しかし、後列に座っておられた年輩の女性がいっておられた。「この方は(あ、僕のことです)すごく乗っておられたけど、私たちはそんなふうに体で悦びを表現できないんです(ごめんね、体揺すって!)。年よりですからね。でもすごくよかった、感動しましたよ」なっ、そうやろ!みんな小曽根さんに共振していたのである。安心してくださいね、小曽根さん。僕たちはこういう日本の年長の方々をどんどんポップにするプロジェクトに参加しているのです。そして、とりもなおさず僕たちが、最高にポップでスインギーなおじいちゃん、おばあちゃんになるのです。小曽根さんとともに。


第一部から、小曽根さんが、例によって独特に、ユーモアたっぷりな話をするたびに、カラカラと声をあげて笑う女性がいた。お隣のmegumeeさんとSumikoさんは、演奏に熱中して気づかなかったらしいが、誰あろう三鈴さんである。山形のときもそうだったが、彼女ほど大輪の花が咲くようにカラカラ笑える人はあまりいない。(つまりとても目立つということ・・・)つまり、今回のコンサートの成功は最初から約束されていたのである。小曽根夫妻の黄金律・・・最強のタッグが組まれて、コンサートは第二部に突入する。休憩時間にビールが振る舞われ、会場の緊張もほどよく解けてきた。


8 We’re All Alone
この曲はコミックバージョン。関西人小曽根真の本領が発揮される。この曲を転調してマイナーで弾いて聴衆の笑いを誘う。小曽根さんによれば、アメリカにビクター・オーガ?というコメディアンにしてピアニストがいる。小曽根さんはTVショッピングでその人のビデオを1セット購入。着々とコメディアンの道を模索していたらしい。「朝日のようにさわやかに」を短調で弾いたり・・・楽譜を逆さにして弾いたり・・・。「今度7月にうちの奥さんが井上ひさしさんの喜劇にでることになってるんですけど、あっ、うちの奥さん女優の神野三鈴といいます(三鈴さん立ってごあいさつ)。(三鈴さんの方に向かって)こっとお芝居の参考になるから、そのビデオ今度ニューヨークから持ってくるね」。三鈴さん「はい、よろしくお願いします」。ははは、コメントはつけようがない。あくまでもラブリーな二人である。
ここから数曲は、3月21日に発売となるゲイリー・バートンとのデュオアルバム“Virtousi”からの演奏。発売日・ツアーが近づいてきて、小曽根さん自身もますます熱くなってゆく。クラシックのプレリュード、コンチェルトをジャズ風にアレンジした最高傑作と前評判が高いアルバムである。


9 Le Tombeau De Couperin - Prelude
このラヴェルの「クープランの墓」からの前奏曲は、橋本のソロコンサートでも、伊藤君子さんとのデュオコンサートでも聴かせてくれたおなじみの曲。さらに円熟味を増す。クラシックの奏法から、すーっとジャズのリズムに乗り移り、インプロヴィゼーションが始まるという展開には目を見張る。


10 Milonga
EASEさんによればホルヘ・カルドーソ(JORGE CARDOSO)の曲(ありがとうございます!)。小曽根さんによれば、タンゴなのだが、作曲者はブラジル人なのだそうだ。「ニューヨークに行ったときに日本人なのにタンゴが弾けるということでとても不思議がられたんです。だけど、僕は父がジャズピアニストで母が宝塚ですから、子どものころからダンスの音楽としてなじんでいて、とっても自然なんですね」。いや、この演奏にはまったく驚いた。小曽根真のタンゴは凄いというどころの騒ぎではない。山形で演奏された自作の中にもラテン音楽はたくさん引用され、いかに小曽根さん自身が血肉化しているかは理解していたつもりだったが、今回フルにタンゴの演奏を聴いて、腰が抜けそうになった。一台のグランドピアノが、タンゴのフルバンドにまさる音を奏でるのである。左手の見事なフレージング、そして右手で奏でられるバンドネオンのようにせつない旋律の数々。この深いラテン音楽に対する造詣は、若き日に形作られたものだそうだが、是非ラテンだけのアルバムも聴いてみたいと思った。


12 Piano Concerto in F, Movement Ⅲ
ここから先は、ほどんどメモがない。僕は完全にのめり込んでしまったのです。この曲は、ガーシュインのピアノコンチェルトの第三楽章を、小曽根さん自身がが「ザクっと切ってアドリブ、ザクっと切ってアドリブで繋いだ」もの。小曽根さん自身は、あまりにアレンジしたのでガーシュインが化けて出てくるのが怖いと言っていたが、実に見事なアレンジである。今回は、本来ゲーリー・バートンとのパートも小曽根さんひとりで演奏した。ご存じのようにこの曲は、鍵盤の上空2~30センチのところからたたきつけるように弾くパートがあるのだが、まさに超絶的な技巧で聴衆を興奮の渦に巻き込んだ。ちなみに、曲が終わった後最初に「ブラボー」と叫んだのは僕、次に叫んだのは三鈴さんである。恥ずかしがり屋の僕が、生涯はじめて「ブラボー」と叫んだ一瞬だった。


13 Spring Is Here
そして、次の曲はあまりにも甘美なリチャード・ロジャースのバラード。小曽根さんの奏法の引き出しの広さ促されてに、聴衆のわれわれの心の引き出しも全部さらけだされてしまう。両側の女性陣は泣きっぱなしである。この季節にぴったりの曲。


14 La Fiesta 
今年小曽根さんは、カーネギーホールでデビューして以来の自らを振り返り、今までに影響を受け、お世話になったアーティストに感謝を表すために、デュエットのCDを制作する。その中には、当然のようにチック・コリアが含まれている。小曽根夫妻にとって、彼はお兄さんのような存在。小曽根さん曰く「若いころ、音楽を勉強すればするほど身動きがとれなくなることがありますよね。そんな時、チックと一緒にやる機会があったんです。チックは、マコト、君は今までさまざまな基礎的なトレーニングを積んでここにいるのだから、どんな音を弾いてもいいんだ。自分の中で、自分のルールを壊して、新しい自分のルールを作くればいいんだよ、と教えてくれた。それを言葉ではなく、演奏の中で、抱擁されてるように、つつみこんでくれながら教えてくれた人です」。そういうチック・コリアに捧げた曲が、よくないはずはないでしょう?(ただし、デュエットではこの曲は弾かないらしい)。ちなみに僕は「ブラボー」を三回。すばらしい最終曲。


15 Home
割れるような拍手の中アンコール。この曲については何も語ることはない。ひばりさんが以前言っていた。「小曽根さんの表現力のすごさは” Home”を聞けばわかりますよ。曲のタイトルを聞かなくても、すべての人が自分の家や家族の顔を思い浮かべる、あの表現力の確かさ」。僕もこの言葉に心から同感する。しかし、僕にとってはライブで初めて聞くこの名曲である。
涙が流れたのは言うまでもない。

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しかし、なんという幸福な時間だったのだろう。休憩をはさんで二時間に余るコンサートが一瞬のうちに過ぎ去っていってしまったのである。僕は実は朝からPCに向かってこのレポートを断続的に書いているのだが、音楽は一切聴いていない。以前、『情熱大陸』に坂本龍一が出ていたときに、こんな事を言っていたことを思い出す。「僕の頭の中には音楽が一杯なんです。いつも頭の中で音楽が鳴っている。だから、仕事の時に音楽は一切流さない。音がだぶってうるさいんですね」。天才とはそうものかと思った。しかし、小曽根真の音楽は、僕のような音楽に才能のない人間にとっても、脳の根幹に明確に記憶として残る。僕には書きながら、やはり昨夜のピアノの音が聞こえてくるのだ。だから、小曽根さんのCDでさえ、今日は聞いていない。ライブレポートを書かせていただいてこんな不遜な言い方はないと思うが、僕はこうすることで、小曽根さんのコンサートを二度体験したいのだと思う。僕の頭の中から、ひとつひとつの音符が消えないうちに書き留めておけば、またそれを読んで、あの夜のあのライブのあの感動に立ち戻ることができるから・・・。それにしても、2日の山形、4日の浅草と連続して小曽根さんを追いかけてみたが、彼は一度として同じ表情を見せなかった。なんという豊かな才能なのだろう。


終演後、三鈴さんとおはなしをしたが、三鈴さんが見ていても、最近の小曽根さんのテンションの高さは特別なものだそうだ。だから、私たちファンは、小曽根真から一瞬たりとも目を離すことはできない。まずは、3月21日発売のゲイリー・バートンとのデュオアルバム、そしてツアーである。昨夜のコンサート後半のあのかたり口は、ゲーリーとの幸福なセッションからインスパイアされたものに違いないからである。僕はほんとうにドキドキしながら発売を待つ。そして、一日も早く聞きたい。そして、昨夜の感動と重ね合わせてみたい。昨夜、コンサートにご一緒できた方も、残念ながらご一緒できなかった方も、たぶん同じ思いでいてくださるのだと思う。


昨夜のコンサートで、小曽根さんが一曲だけタイトルを言うのを忘れた。6曲目の“Exactly Like You”がそれだが、終演後三鈴さんに聞いてみた。小曽根さんのもとにはサインを待つ長い列。「三鈴さん、あの一本指で弾いた曲何ですか、一部の最後から二番目の・・・」我ながら小学生じゃないんだからもうちょっと適切な聴き方があるんじゃないかと思った。おそれおおいことに、三鈴さんは小走りで小曽根さんの方へ聞きにいってくれた。「マネージャーの旭さん(キョードー東京)に聞いたら、そんなのやりましたっけ?っていうのよ。(笑)“Exactly Like You”だって。”Dear Oscer”にはいってる」女優さんを使い走りにしてしまう、ひどいファンをお許しください。そしていつも本当にありがとうございます。これからも、小曽根夫妻の黄金律期待しております。

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チラシ提供 shiolly


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