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人が限界を超えられる時【GORUCK参戦記】

GORUCKというコミュニティが存在する。おそらく日本人の0.00001%くらいの人しか認知していないだろうそのコミュニティは、米国グリーンベレーを退役した軍人が、タフなシチュエーションに対応するバックパックを作り、販売し始めたのがルーツとなっている。創立者のJasonは、製品の堅牢性を証明するため、あるイベントを開催するようになった。GORUCK challengeと呼ばれるそのイベントは、退役済、または現役の特殊部隊のインストラクターが、極めて高強度のトレーニングを施してくれる、というなんともありがたいイベントである。なお、インストラクターの事を、GORUCKではCadre(キャドレ)と呼ぶ。

私が参加した2014年時点では、GORUCKはまだ日本では2~3回程度しか開催されていなかった。日本語が通じない上に、日本ではプロモーションもしていないため、集客が難しかったようだ。しかし、長らくぶりに沖縄で開催される事になったのを見て、「これを逃したら、一生参加できないかもしれない」という懸念を抱いた私は、参加を決めた。

参加にあたり、私はどうしても唯一の親友と一緒に行きたかった。自分一人では乗り越えられない困難でも、一緒に乗り越えられると思ったからだ。万年金欠の奴に航空券及び参加費用が払えるとは思えなかったので、私が全て負担する事を条件に誘ってみた所、驚いた様子ではあったが引き受けてくれた。普段から体は鍛えていたが、開催の2ヶ月前くらいから特に強度を上げ、当日に備えていった。

GORUCK challengeには4つの難易度がある。今回日本で行われるのはTOUGHという一番標準的なクラスだ。ちなみに、一番難易度の高いSelectionは、特殊部隊の入隊試験レベルというとんでもない難易度になっている。TOUGHの大まかなルールは次の通りである。

・おおよそ12時間前後
・バックパックに13kgのウエイト又はレンガ6個を入れる事。(体重66kg以上の場合)
・飲料水2リットル以上を準備すること
・おおよそ32km程度の歩行がある
・イベント中、バックパックは1度も地面につけてはならない
・これ以上ついていけないと思った場合は、途中でリタイアできる
・クリアした者のみ、完了の証のワッペンがもらえる

イベント全般的にもだが、完了時にワッペンがもらえるのは、やはり軍隊や特殊部隊の選抜試験をイメージしているそうだ。

今回は、夜の9時から開始だった。会場のサンセットビーチにはタクシーで向かった。1時間くらい前には到着したが、サンセットビーチは広い。開催案内にも詳細は書いておらず、どこに集合するのかわからなかった。夜のビーチはほぼ誰もいない状態だったが、右手から、ライトをこちらに向けてチカチカと点滅させてくる二人組がいた。もしやと思って近づいていくと、「GORUCK?」と呼びかけられた。北欧から来たAlexと、香港から来たKallenだった。Kallenは、今回我々以外では唯一日本語が話せる奴で、普段は金融マンをやっているそうだ。二人とも何度か参加した事があるようで、片言の英語を使いながら、アドバイスを受けた。その後、もう一人合流した状態で待機していたが、明らかに人数が足りていなかった。

しばらくすると、遠くからグループがやってきた。こいつらが残りの参加者のようだ。全員と握手し、名前を言い合った。なお、この後のやりとりはほとんど英語で、当時は1割程度しか理解できていなかったが、ここでは私が受け取ったニュアンスで記載する。今回の参加者はトータルで10人のようだ。既にCadreは開始位置で待機しているようで、走って向かった。

そして、人生で一番辛い経験になる、12時間が始まった。

真っ暗な波打ち際から5mほど手前の所で、大男が腕を組み、表情も分からない状態でこちらを見ていた。事前に確認している情報では、Navy Seals出身のようだった。彼が一番最初に発した言葉は、「腕立て準備」だった。参加費は1人1万円程度のイベントだが、参加への謝辞や、本日の説明なんてものは一切無い。彼は自分のバックパックからバインダーを取り出し、こう言った、「点呼を取る。自分と仲間の名前を呼ばれる度、1回ずつ腕立てしろ」。30人ほどがエントリーしていたようだが、実際には10人しか来ていなかった。直前に日程変更があったので、その影響だろうか。ところで、20キロくらいを背負っての腕立て30回は、正直厳しい。自宅のトレーニングでの最高記録は、22回くらいだったと記憶している。もちろん全回こなす事はできなかったが、「あーしんどい」などと言って寝ていられるような状況ではない。一回でも多く体を上げられるように、1回たりとも体を地面に付けないように、10人が唸っていた。

点呼の完了後、バックパックを開いて中身を見せるよう言われる。外国人が主体のイベントなので、身分証を持っているかであったり、正しくウエイトを持って来たかを見られる。1人1つ程度質問をされたが、今思い返すと、英語を話せるレベルを見られていたのかもしれない。

そのままビーチで45分程度はPT(Physical Training)をしていたように思う。いくつかこなした中で思い出に残っているのは、200m程離れた階段を指差し、「あの階段まで走って帰って来い」と言われた事だ。全員全力で走ったが、何人かは階段の手前2m程の所で引き返し始めた。まったく指示が理解できていなかった私も、手前で引き返した。全員が戻ってからCadreはこう言った。「しっかりと階段に触れずに折り返した者はいるか?」。何人かが手を上げたため、全員がやり直しになった。この場では、ズルすると余計な負荷が増える、という事を学んだ。

もう一つ印象深かった事がある。我々は横一列に並び、腕を組んだ。目の前には2月の沖縄の海がある。全員腕を組んだまま真冬の海へ歩いていき、水面が膝くらいの所で座った。「腕を組んだまま全員後ろにひっくり返って、足を地面に付けろ」とCadreは言ったようだったが、私はまったく理解できていなかった。そして、全員が正しくできるまで、繰り返し行うようだ。

何度かの失敗のあと、Alexは途中で「次の一発でキメようぜ皆」的な事を言っていたが、私はルールが理解できていないので、何度もやり直しになった。それを察してか、Cadreが私の隣にいたMatthewに、「その日本人ができているかチェックしろ」と言った。Matthewは海底を触って出来てない事をCadreに伝えると、優しい英語で私にするべきことを教えてくれた。ただ、教えてくれたからと言って確実にできるわけではない。海の中で両腕を組んだ状態でひっくり返る事は、言葉で聞く以上に難しい。鼻から海水は入るし、口はしょっぱいし、腕を組んでいるので顔を拭う事も難しい。回りの奴らが自分たちの周りに唾を吐いているのを見て、一瞬汚いと思ったが私も吐いた。そして、その場で何度かひっくり返ったあと、CadreからOKの声をもらう事ができた。この動作は一生やりたくないと思った。

スタート地点でのPTの後、現役米空軍の奴がリタイアすると言い出した。後で聞いた話では、どうも途中で負傷したそうだ。この時は、特に誰も引きとめていなかったように思う。

スタートから1時間くらいは経っただろうか、ついにビーチから移動する事になる。9人に対し、30キロくらいのサンドバッグ5つを繋いで人の形を模したものと、半分くらいまで砂鉄が入った鉄の携行缶1つをチームとして運ぶように命じられる。もちろん皆、個人毎に20キロ程度のバックパックを背負ったまま、である。そして、Cadreは現役米海兵隊のZanderをチームリーダーに指定した。このイベントでは、持ち回りでチームリーダーを担当するようだ。

適当な分担をした後移動を始めたが、人型のサンドバッグが本当に厄介だった。サンドバッグ同士が連結されているので、周囲の仲間との距離が近く、完全に歩調を合わさないと足が当たって上手く歩けない。また、サンドバッグの手足にあたる部分は肩に担げるが、胴体を持ち上げる奴はスペースがないので、中腰の状態で背負い続ける必要があり、かなり負荷が高い。その後、全員に限界がきて地面にサンドバッグを落としてしまった。私は「しんどい、、、しんどい、、、」としか考えられなくなっていたが、仲間の外人たちは、どう持てば一番負荷が低くて、チームをどう運用したら効率的かの激論を交わしていた。

会社ではしんどい時に「厳しいっすわ~」と言う言葉で思考を停止していた私にとっては、とても新鮮な光景に映った。達成するという事は前提で、方法をどうするかに議論は終始していた。「こんなにリーダーシップがあって課題解決能力があるやつばかりなら、そらビジネスでも日本は負けますわ」と思った。その後正しい持ち方と運用になってからは、しんどいものの、途切れなく移動できるようになった。

1時間ほど歩いた後の道端で、またいくつかのPTを行う事になった。その中で、空気椅子をしながら、自分のバックパックを頭の上に持ち上げた状態で規定時間耐える、という物があった。

最初は60秒からスタートしたが、仲間の一人が失敗し、やり直しになった。Cadreは「やり直しだ。次は70秒」と言った。また同じ奴が失敗した。その後80秒でも失敗し、次の90秒を失敗した所で、奴はリタイアを告げこの場を去っていった。自分のせいで仲間の負荷が増えていく事に、罪の意識があったんだと思う。今思い返すと、仲間でもう少しフォローできる事があったのではないだろうか。GORUCKでは、やると決めた事は絶対に完遂しなければならないが、方法に関しては自由に工夫できる。例えば、仲間がウエイトを肩代わりする、といった事ができたかもしれない。と言っても、全員自分の限界が近い中、なかなか実行は難しい。

一人がこの場を去っていく際、行動中は鬼のように厳しいCadreが、「ここまで良く頑張ったぞ」と言ってそいつと握手をしていた。Cadreが本当はどんな気持ちで取り組んでいるのか、うっすらと見えた気がした。

その後移動を再開したが、人数が減ってもチームウエイトは同じなので、一人当たりの負荷は高まっている。全身はずぶ濡れ、20キロのバックパックは肩に食い込む、その上から人型のサンドバッグの重みがかかる、靴の中は砂浜の砂だらけ、背中とバックパックの間に挟まった砂が肌を擦って痛い。無心で歩こうと考えても、体中のセンサーが、痛みや寒さを訴えかけてきて、現実を冷酷に突きつけてくる。

また1時間程度移動したところで公園にたどり着き、5分の休憩を言い渡された。靴の中の砂を排除したり、バックパックの中の食料に手を付けたかったが、疲れすぎてまるで体を動かす気になれない。結局5分間ぐったりとしていた。

5分経ったあとCadreはこう言った、「休憩時間は終わっているのに、何でお前らは整列してないんだ?ペナルティ」。休憩時間が終了してから並び始めては遅いようだ。その後、45分程度はPTをしていただろうか。その中でも印象に残ったのは、野球のキャッチャーのような体制で歩き、向こうのフェンスに触って返ってくるという物だ。もちろん人によって速さにはバラツキがある。先に帰ってきた者は、最後の者が終わるまで、砂利の所でプランクをしていろと言われる。私はこの時、比較的早めに完了する事ができた。今回、唯一の女性参加者がいたが、ここでは達成にすごく時間がかかっていた。Cadreは「お前が遅いせいで、仲間みんなが辛い思いをしているぞ」的な事を行っていた。

その後、この女性は戻ってきた後、リタイアを宣言した。Cadreが「ほんとにいいのか?」と言ったような事を当人と話していた後、「お前らこいつがリタイアするって言ってるけど、止めなくていいのか?仲間だろ?」とこちらに言ってきた。必死で皆が引き止めていたが、女性の決意を変える事はできなかった。ここでもCadreは、「自分の限界まで頑張って、あなたは本当にすごいぞ」と言ったような事を話かけながら、笑顔で握手していた。本当に素敵な人間だと感じた。願わくば、クリアしてこの人に褒めて欲しいという思いが、心に湧き上がってきていた。

参加者は7人になった。ここで、携行缶はお役御免となり、チームウエイトは人型サンドバッグだけになった。暫く歩いた後、チームリーダーを変更する事になった。もちろん挙手制ではない、Cadreが好きな人を指名する。Cadreは「you」といいながら僕を指差した。「英語は話せるか?」と聞かれたので、全力で「No!」と応えたら、「ほら話せるじゃないか」と言われて結局私がチームリーダーになった。天を仰ぎながら「Holy shit…」と言った所、外人全員が爆笑していた。

自分でも不思議だったが、リーダーになると意識が大きく変わった。それまでは、「どこかでリタイアする事になるかも、、、」とうっすら思っていたが、リーダーになってからはそんな気持ちが無くなった。「Are you okay?」「Are you okay?」と連呼して、チームの状態を確認し、ポジションを入れ替える事に必死だったのだ。結局、自分がリーダーの区間は最後まで全うすることができ、完了時にはCadreが「よくやった」と褒めてくれた。米陸軍のAustinも大きく拍手してくれたのを覚えている。

開始から6時間程度経過し、我々は別の海岸へとたどり着いていた。チームウエイトは置き、全員で海岸に向かって立たされた。海も空も真っ黒で、ただ波の音だけが漂っていた。1割も理解できていなかったが、そこでCadreは「第二次世界大戦時、この海岸で激しい戦闘があって、多数の勇敢な兵士が命を落とした」と言ったことを説明していた。

さて、移動を再開するとなり、私は「ここで半分なら、なんとかクリアできそうだな」という甘い期待を抱いていた。しかし、それは甘すぎる考えだった。どこから持ってきたのか、Cadreはでっかい丸太を持ってきた。そして、丸太に追加の重りを括り付けていた。

仲間は口々に「What a fuck」や「Oh my god」と呟いていた。サンドバッグの数は減らし、ここからのチームウエイトは、丸太1本とサンドバッグ2つとなった。今までサンドバッグを持つのはしんどい事だったが、ここからは相対的に楽な事へと位置づけが変化した。それにしてもこの存在感である。

大半の方は丸太を担いだ経験は無いだろうが、丸太は想像以上に重く、硬い。しっかり保持してないと、揺れた時に容赦なく頭を打ち付けてくる。ローテーションで担ぐ事にしたが、すぐに限界がやってくる。「仲間の為に俺が長時間持つぞ!」と硬い決意で意気込んでも、30秒もすれば肩の痛みに耐えられなくなって、交代を望みたくなる。人間とは、なんと痛みに弱い存在なのかと思った。

2~3時間は歩いただろうか。気がつくと、Zanderが歩みを止めていた。「限界だ、これ以上はついていけない」と言っているようだった。全員全力で引き止めた。しばらくその場で、できるできないの言い合いをしていた後、それまで黙っていたAustinがZanderに詰め寄った。「せっかくここまで来たじゃねえか。俺は家で待ってるワイフと娘にやりとげたって報告したいんだ。一緒にやり遂げようぜ。最後まで絶対にやり遂げるって奴は手を重ねろ!」と言ってAustinは手を出した。AlexもKallenもMatthewもすぐに手を重ねた。意図を理解した私と親友も、手を重ねた。そして、全員でZanderの目を見つめた。逡巡のあと、少し困った顔で「わかった。行こう」と彼は言い、全員の手が重なった。「3.2.1.GO!」掛け声と共に、全員が動き出した。視界の端で、Cadreはとても愛おしい物を見る目で、こちらを見ていた。このチームが大好きになった瞬間だった。

ここまでは、「どこかでリタイアになるかも」という想いがどこかにあったが、この一件の後、そんな事は露ほども思わなくなった。「絶対に最後までクリアする。私が動かなくなる時は気絶する時だけだ」と心に誓っていた。このチーム全員で達成感を味わいたい気持ちが、とても強くなっていた。

丸太がウエイトになってから、限界まで運んだら申告して次の担当に変わる、というローテーションを繰り返していた。この後私は、ここまでの数倍の時間、丸太を担ぎ続ける事ができた。体はボロボロだったが、自分の痛みよりも、仲間の負担を減らしたいという気持ちの方が強くなっていて、痛みも、苦しみも、精神力で塗りつぶした。ついに限界がきて交代する際、Zanderから、「お前は荷物を運ぶロバ(Pack mule)の様だな!頼りにしてるぞ!」と言われた。なんとこの現役の海兵隊員は、私の事を頼りにしてるというのだ。仲間に頼りにされる事は、こんなにも嬉しいことだったのか。

丸太は常に二人で担いでいたが、それまで後で担いでいたMatthewが、休憩になった1分後に前の担当として担がされそうになる事があった。Matthewは「俺は直前まで担いでいたんだぞ!」と言って、揉めそうな雰囲気になっていた。休憩させてもらっていた私は、一瞬間を置いてから、「私が担ぐよ」と交代を申し出た。この時、一瞬躊躇してしまった事を、私は今でも後悔している。できればもう少し休んでいたい、という気持ちが、仲間を思う気持ちを上回ってしまっていた。人間、余裕がある時は他人を思いやる事ができる。しかし、人格の本質が出るのは、自分が限界の時に他人を思いやれるかどうかだと思う。少しばつの悪い思いを抱きながら、我々は進み続けた。

その後、チームウエイトは持っていない時に、両足が同時につってしまい、倒れてしまう事があった。完全に自分の体力の限界を超えていた。すぐさま、Matthewが腕を掴み立たせてくれた。地面に倒れている間は力を入れなくてもよかったので、とても心地よかった。おそらく、仲間がいなければ、そのまま動けなかったと思う。しかし、仲間が引き上げてくれるなら、立たない訳にはいかなかった。自分がいなくなれば、仲間がもっと辛い思いをする、それだけは避けたかった。この時、人間は自分の為には限界を超えられず、仲間のためなら限界を超えられるんだと学んだ。

更に歩き続けると、見覚えのあるビーチが近づいてきていた。開始地点に戻ってきたのだ。時間的にもここがゴールになる事は明らかだった。全員、力を振り絞ってゴールを目指した。

いよいよビーチに到着し、チームウエイトを降ろした。しかし、もちろんこれで終わりではなかった。私は「ここでまた海に入ってひっくり返るやつをやるのは厳しいな、、、」と思っていたら、案の定やらされた。ただし、今2~3回目ですんなり成功することができた。

その後、陸に上がった我々は、体中に隙間無く砂を付けろと言われた。完了して整列すると、Cadreがぐるっと我々の周りを回って状況を確認し、「だめだ、やり直し。60秒以内に一旦海で砂を落としてから、再度砂を付けて整列しろ」と言った。

既に歩くのが精一杯で、海に入るのも、砂の上で転がるのも厳しかった。衣服やバックパックを背負ったまま海に入ると、水の重さでかなりの体力を必要とするからだ。2回目に整列した後、またCadreは我々の周りを回ってこう言った、「これがお前らの全力か?」。Kallenが答えた、「いえCadre。僕らはもっとやれます」。「GO」、Cadreは言った。

動かない体を引きずり、3回目のやり直しが終わった。改めてCadreはこう言った、「これがお前らの全力か?」。Kallenは答えた、「...Yes」。Cadreが我々をじっと見つめる。そしてこう言った、「クリアだ」。私は、最初何を言われているのか全く理解できなかった。クリアする意思は固めていたものの、本当にできるとは思っていなかったためだ。Kallenが私に「終わったんだよ」と日本語で言ってくれた。やっと言葉の意味が理解できた私は、大声を上げて泣き始めた。このチーム全員でクリアできた事の嬉しさと、安堵感で、いっぱいだった。Cadreは、一人ひとりと握手をして、合格の証のワッペンを配った。

私の順になり、Cadreは「congratulation」といいながらワッペンを差し出してくれた。言いたい事は山ほどあったが、「thank you…thank you…」と繰り返す事しかできなかった。

チーム全員で抱き合い、喜びを分かち合った。Austinはその直後から地面に倒れて動かなくなった。

私はひたすらに嬉しくて、誇らしくて、ずっと泣いていた。その後Cadreが、私と親友を指差し、「あなたたち二人はチームの為に、常に自ら厳しいポジションを担っていた。私はそんなあなたたちを本当に尊敬します」と言ってくれた。元Navy Sealsと言う、私よりもよっぽど素晴らしい人間であろうこのCadreが、私の事を尊敬しているというのだ。言われた後、感動でいっそう激しく泣いていた。

こうして、私のGORUCK challengeへの挑戦は終わりを迎えた。人生の中で一番辛く、そして一番学びのあった体験だった。特に、仲間の為に頑張る事の素晴らしさや、仲間のためなら限界を超えられる事を心から実感できた。この事は一生忘れないし、死ぬ間際にも確実に思い出す事だろう。

今更だが、一緒に戦ってくれた仲間へ、あらためてお礼が言いたい。あなたたちと一緒だから、私は最後まで挑戦する事ができた。国籍も居住地も違うから、もう二度と会わないかもしれない。けれど、ずっと仲間だと思っています。ありがとう。


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