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ベランダで春の風を吸い込んで。

春の風を感じている。ああ、いい匂いだ。
生暖かさのなかに花のにおい、春のにおいが混ざり
困惑と期待を否応なしに感じさせられるこの空気。

ああ、そうだ。私はこの風が大好きなんだった。
この風が運んでくる匂いと不安が私は大好きで、夢を抱いていたのだった。


歳を重ねるごとに徐々に薄れていく夢の存在感。
描く線が細くなっていくのは当たり前だ。
「夢はいつか叶える」「だから今は会社で働くんだ」
「夢のことを考えていたら仕事に集中ができない」
「片手間で仕事がしたいんじゃない」「今は仕事に150%をかけるんだ」
そう思って、社会人になっているわけであるからして、
意識的に夢がどこかに消え去っていくのは私が望んでいたことでもある。

しかし、その"意図"にはどこか逃げている気持ちが隠れてはいなかったか。


将来のことなんて分からない。
未来の自分が何を感じているかも分からない。
だから考えすぎていたって仕方がない。
もし将来この仕事が楽しいと、一生やり続けようと思ったらそれはそれだ。


その考えをしている自分は、わくわくしていたのか。
周りがどうとか、会社がどうとか、恩人がどうとか、私には関係がなく。
いつだって私が求めることは、私がワクワクするかどうかだ。
その指針を私は忘れていた。
いや、正確には毎年忘れている。
この時期にだけ街に吹く風を、肺まで届けることで思い出させていただけ。

それに気がつかないまま、私は20代を終えるところだった。





今の仕事も、前の仕事も。
朝から晩まで会社でパソコンと向き合っている。朝から終電まで。
そんな私は、外の天気が分からない。
いまどんな風が吹いているのか知ることができない。
Yahoo天気やウェザーニュースに出てくるお天気アイコンでしか、外の様子を知ることができない。
たかが、ガラス一枚で隔てられているだけなのに。
日が伸びているのかどうか、月はどんな形をしているのか。
それを知ることができないまま、私は目上の人を立て、事を荒立てないままプロジェクトを進めていく技術だけが身についていく。
そしてその"成長"を評価され、部下がつき、私と同じ観点を持つ人を育てていくことに期待されていく。
私は、私が息をしている渋谷の気温も知らないのに。



もういいだろう。
私は十分に社会の中に引きこもった。
「逃げても良いよ」という言葉が溢れる社会。
私はもう十分に逃げた。自分の道を歩めばいい。


いつだって楽しい音が鳴る方に。
転んだ後にどう起き上がるか。
そこに人間の価値があふれ出てくるってものだろう。

まだまだ。
春の風を思いっきり吸い込んだだけだ。
ここからまた歩き始めて行こう。
一歩を踏み出した私は、きっと、強い。

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