壱岐に行きたかった話[1]

 2023年3月下旬。年度末に溢れかえったごたごた、できれば向き合いたくない有象無象たちになんとか蓋をして、私は佐世保行きの特急に乗っていた。
 数日続く不安定な天気は未だ機嫌を直すそぶりを見せず、車窓は霧雨に煙っている。とはいえ理由がそれだけでは特急券も航空券もただで払い戻してくれるはずもなく、私は1ヶ月ほど前にノリだけでシートマップから選択した座席に大人しく座っていた。

 向かう先は壱岐。福岡の沖合とも長崎県の北の海上とも言える位置、九州の左上あたりにある離島だ。ゴーストオブツシマをプレイした諸兄姉ならよくご存知だろうか。なお壱岐と対馬はわりとひとくくりにされがちだが、混同するのは好ましくないと思う。

 壱岐は、福岡市の博多港から高速船で1時間ほど、フェリーでも2時間ほどで着く。船の便数もそこそこあり、福岡からは比較的行きやすい離島の一つだ。
 それを呆れられても仕方ないことに私は佐世保行きの特急に乗っている。途中、ぴかぴかの真新しい新幹線乗換駅・武雄温泉を発車する頃には、船に乗っていれば壱岐島芦辺港に着くくらいの時間が過ぎ去っている。公共交通を愛好するタイプのオタクは得てしてこういう遠回りをしがちで、残念ながらその行動は理解され難い。

 今回遠回りをする理由は、ある飛行機に乗るためだ。

 DHC-8-200(Q200)という飛行機がある。すでに新規製造はされていない。現在日本では唯一、オリエンタルエアブリッジ(ORC)という航空会社だけが運用している。なおORCのウェブサイトでは「DHC-8-201」と紹介されている。定期路線を運行する飛行機としては小型な、座席数39のプロペラ機だ。
 兄弟機で74人ほど乗れるDHC-8-400(Q400)型機は、国内各地の地方路線で目にすることができるが、Q200はわずか2機しかなく、通常、長崎空港を拠点として壱岐、対馬、五島福江とを結んでいる。

 ここでしか見られないレア機体というわけだが、それも恐らく、もう長くはない。
 昨年12月に後継機となるATR42型機が長崎空港に到着し、訓練を経て今年7月から就航する。ひとまず10月まではQ200と並行して運用されるようだが、その先Q200の運用が減ったり、予備機になったりするとしても不思議はない。
 しかし、本格的に引退が発表されてしまえば、航空ファンが一気に押し寄せてくるだろうし、そうなればわずか39席の飛行機を押さえるのは困難になる。なにより、離島の生活路線として運行されているのだ。オタクの自己満足のために地元の方々に迷惑をかけるようなことは極力したくない。
 であれば、日常の中で普段通り飛んでいる姿にふれる意味でも、今が乗り時と判断した。今のうちにちゃんと乗って、引退するときは静かに見送りたい。

 そういうわけで、霧雨の中、私は長崎空港に向かっていたのだ。 (続)


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