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playing the piano

 私はずっと孤独だった。なんでかなんてわからない。でもずっとそうだった。一人で生きていかなければならなかった。別に家庭に問題もないし、学校にも友達にも問題ない。
 意味もなくピアノを叩いた。ショパンの軍隊ボロネーゼ。激しい曲だからちょうどよかった。ピアノって不思議。こんな身近に、音幅がこんなに広くて正確な音が必ず出る楽器がある。強弱もつけられるし、ペダルを踏めば音色を変えることだってできる。
 私は常に感覚的だ。自分の感情とか状況とか理屈とかは何一つわからないし、そんなものはあっても私の中では意味をなさない。感覚的に好きか嫌いか、気持ちいいか気持ちよくないか。判断基準が赤子と同じなのだ。抱っこされたら嬉しくて笑うし、おむつが濡れたら気持ち悪くて泣く。それだけだ。
 うちには小さい頃、くるくる回るおもちゃがあった。結構大きめで、ボタンを押すと音が鳴って回る。何という名前だったのかいまだにわからないが、私はそれが大好きだった。流れる音楽はリストの「愛の夢」。私が初めて出会ったクラシックだったかもしれない。愛の夢は本当に大好きな曲で、ピアノで弾けるようになるまで死ねないとまで思う。でも前にピアノの先生に発表会で弾かせてもらえるか相談したら、「難しすぎるから無理」と却下されてしまった。一ページ目は私も弾けるが(家でこっそり練習している)、途中からが難しいのだ。でもいつか絶対、10年後とか50年後くらいには弾けるようになりたい。
 いまはピアノ教室をやめたのでピアノは自宅で弾くのみだ。だいたい夜に弾くので近所迷惑にならないようヘッドホンを付けてやっている。ピアノ教室をやめるとき、自分はこの先ピアノなしで生きていくのだと思って絶望した。ショックだった。今までずっと、十数年ピアノを弾いてきて、もちろん離れたこともあった。ピアノ教室以外はまったくピアノに触れないこともざらだった。だからピアノをやめる、ということの意味をあまりわかっていなかったのだ。でもいざやめる、となったら、本当に悲しくなって、最後のレッスン中初めて先生の前で泣いた。ピアノを弾きながら、声を押し殺してずっと泣いて、涙が止まらなかった。マスクと眼鏡をしていたおかげで先生は気づいていないようだった。鼻水が出たふりをしてティッシュで拭いた。それが今年の三月の話。今でもはっきり思い出せる。
 結局別にピアノ教室をやめてもピアノは弾いている。家にアップライトがあるし、部活でも音取りとか発声の時触れる。でも、もう私は発表会に出ることもないし先生に教えてもらうこともない。それは今でも少し悲しい。
 ピアノは私にとってどのような存在なのだろうな。うちのアップライトピアノは確か私が5歳の時に親がくれた。だからもう11年の付き合いだ。親と幼馴染の次ぐらいに長い関係なのではないだろうか。すごい。
 早く一人暮らししたいとずっと思っていたけれど、このピアノがないなら一人暮らししたくないかもしれないな、と思う。でもやっぱり一人は憧れる。自分だけの空間。そこに私のヤマハのピアノまであってほしいと思うのはわがまますぎるか。


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