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幸福と不幸の禅問答

 幸せだろうか。
 あなたは? どうやらぼんやりとインターネットの海を流れているようだけれど、幸せかな?
 わたしは? どうやら薄っぺらい機械の板を叩いてなにかつくっているようだけれど、幸せかな?
 幸せの反対ってなに? 不幸なことかな。悲しいことかな。死にたくなることかな。
 いまはどれでもないみたいだね。不幸と幸せの中間かぁ。満足できない?でも人生ってそんなもんだよ、きっと。
 不幸って人間の強い衝動だと思う。人間は幸福でいられないことに耐えがたい苦しみを感じる。その衝動によって突き動かされて何かを生み出せることもあるけれど、もちろん思考が暗くなってしまったり友達が消えたりして不幸のスパイラルにはまってしまうことだってあって、諸刃の剣だ。
 逆に幸福は、弱い衝動だ。いきなり人生薔薇色になるタイミングがやってくるわけじゃなくて、じわじわと実感していくものなのだ。これがとても厄介だと思う。だって分かりにくいから。
 もちろん強い幸福というのも時にはある。他人や作品に影響を受けるだとかして。でもそれは不幸と隣り合わせ。その幸福を享受するのが当たり前になったらすぐ不幸になってしまえる脆いものだ。
 それで、あなたは今どうかな。自分の人生ハッピー、生きててよかったって今思ってる? それとも微妙な感じ? そっか。人生って長すぎて、今まで辿ってきた過去もこれから進んでいく未来も道の先が見えないもんね。でも死なない限り生きてくしかないからね。
 世間っていうものがある。そして、こんな薄暗いインターネット上のブログを読んでいるあなたはきっとその世間があまり好きではないでしょう。なぜなら世間では❝適応❞を求められるから。みんなで目指そうマジョリティ。学校に通おう。目上の人には敬語を使おう。もちろん先生や上司には逆らっちゃダメ。クラスのカースト上位の子にもそうだよ。
 少しでも「コイツってよく分かんないオタクのブログ読んでそうだな」とか思われちゃいけない。それはマイノリティだから。マイノリティはキモくてダサくてバカだって、世間ではそうだから。
 で、それをぶち壊したくなるのが思春期ってやつだ。だいたい10代から20代にかけて発症する急性の破壊衝動。それを経ると、今度はその世間を構成していく側に回るのでその衝動は収まる。代わりに、過去の自分のような若者に世間を押し付ける側になるのだ。
 というのは多分かなり穿った見方。あなたはどうだか知らないけど私は思春期真っただ中だから。大人たちに対して殺意しかない!
 さっき言った通り、思春期は感情が不安定で急に怒るし急に泣くから、たとえば「ここ1か月ずっと幸福!」みたいなことって結構難しい。もちろん一時的には幸せな気分になることだってあるけれど、上がり切ったジェットコースターはあとは叫びながら落ちるだけだ。
 これは20年も生きていない浅はかな私の人生観だけれど、幸せって「いままでの人生つらいことしかなかったけど今幸せだからなんでもいいかな」って思える状態のことだと思う。過去の人生を全部ひっくるめて幸福に塗り替えてしまえるようなもの。いつか出会えたらいい。
 それで、ここまで私の話をつらつら書いてきたけれど結局一番重要なのはあなただ。あなたは今、幸せ? 自分のことを幸せな人間だと思う?どうかな。少なくともこの文章はそんなに幸せそうではないから、あなたの心も沈んでしまったかな。それともこんなこと言っててコイツバカだなぁ俺は幸せだよ!って思っているかな。
 まあどっちでもいいや。私はどちらかといえばあなたがこの文章を読んでくれたことの方が嬉しいよ。あなたの記憶の隅の隅に、私の考えたことが永遠に残り続けるのだから。

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