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掌編 まだ見ぬ学舎へ


神話創作文芸部ストーリアの夏企画への参加作品です。
企画は「ストーリア学園」をキーワードに、それぞれが創作を行うというものです。

今回わたしはストーリア学園を、神々が生徒として学ぶ学園(教員も恐らく神々)と言う設定で、掌編作品を書いてみました。
学園を軸に、学園外でのストーリー展開になっています。
お読みいただければ幸いです。

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まだ見ぬ学舎へ


 土地を訪れた旅の者が白い布を振り翳すと、それを合図に夜空の彼女の周りには妖精達が集まり、煌びやかに踊り出す。色とりどりの薄羽に彼女の光が差し込み、柔らかに揺れる。
 伝承通りのその様子を眺めていた人魚が「フン」と鼻をならして泳ぎ去ろうとしていた。

「お前は…… セドナか?」人魚に向かって夜空の彼女が訊ねる。

「そうだ。相変わらず言い伝え通り。結構な事だな」セドナと呼ばれた人魚は面倒くさそうに上を見上げて答えた。

「まあ、そう言うな。それに…… どうした。今時分はどの学舎でも祭りに向けた準備で皆浮き足だっておろうに。お前ひとり里に帰っておるとは」女神として、始まりの主に仕える彼女が問う。

 セドナが深く息をすって答えた。
「徒党を組むのに嫌気がさした」

「ほう」と女神は頷く。
「なかなか好奇心が旺盛で、学ぶ力もありそうだが、学園は性に合わぬか」

「学問は好きだ!でも…… どの学舎に行っても土地の神々が幅を利かせる。一方で我こそが火を司る者、豊穣を司る者などと去勢を張り合う。海洋にしたって同じ事。つくづく嫌気がさした」

 セドナが声を荒げるのをじっと見つめていた女神は、ひと息つくと、こう切り出した。

「海神たるセドナよ、よく聞け。伝統ある神々の学舎は数々ある。しかし学園は、更に全く新しい学舎を作る事になっておる。神々に学びの場を与えた始まりの主は、熟慮の上でその場所の結論を得たのだ。セドナ、協力をしてはくれまいか?」

「わたしに? 学園に馴染めないわたしにか?」セドナは驚きを隠さなかった。

「気骨ある者を探しておった。それにお前なら、その地を選んだ理由を理解してくれそうだ…… セドナよ、イヌイットの海神よ。お前に託したい」そう言うと、女神は意を決して言葉を続けた。

「始まりの主が示した地へ…… 自由闊達なる学舎に相応しき彼の地へゆけ!」

 あの時からどれくらい水を掻いただろうか。最初は邪魔だと思っていたが旅は道連れという。さすがの長旅を考えると、セドナにとっても仲間の存在は正直ありがたかった。
 付き従ったのは、女神の意を受けたレブンカムイとケートス。凶暴で知られるシャチと、大食い鯨の神獣だった。レブンカムイは護衛、ケートスは女神が用意した最低限の建材と、大量の書物を運ぶ役目を仰せつかっていた。
 学園内でも仲の悪い両者だったが、今回ばかりは無事に務めを果たすべく、旅立ったのだ。

「おい、鯨、偉そうにするんじゃ無いぞ!それに本を失くすなよ!」
「お前こそちゃんとセドナを守れるんだろうな、シャチよ」

 女神に呼ばれた時、粗野であるが故に媚びる事も無い華奢なセドナの、その力強さを気に入り、ひと肌脱ぐ気になった両神獣だった。

「ポセイドーンにちょっかいを出されると厄介だな」 ルートを決める際、神獣達は開口一番そう言った。

 各地に散らばる学舎間の往来は自由だが、どこに誰がいるかはおおよその見当がついていた。ただそうなると東のルートは避けた方が無難だった。ポセイドーンに限らず、東に寄れば寄る程、面倒な神々の縄張りに近いてしまう。
 人間に邪魔される事も嫌ったセドナ一行は、広さのある西の海洋を一気に進んだ。ところが……

「…… やっちゃったな」セドナが舌打ちをした。

 潮の流れで、途中オオワタツミの居城に近付いてしまったのだ。一行は気を引き締めたが、珊瑚でできた城の守りは手薄で、毎夜宴でもあるのか、魚共は皆酒に酔っ払ったように呆けていた。
「結構なこった」と、セドナの口真似をしたレブンカムイがほくそ笑む。

「異国の海神か?珍しい。遊んで行かぬか。鯛とヒラメが踊りを披露するぞ」と、オオワタツミが呼び止めてきたが、関わりたくないセドナ一行は返事もせずに通り過ぎて行った。
 ぽつんと残されたオオワタツミは、それも意に介さず大きなゲップをする。
「海国よいとこ一度はおいで〜酒は旨いしねえちゃんは綺麗だ〜ファ、ファ〜」
 一行の後ろ手から情け無い鼻歌が聞こえてきた。

「さっさと逃げるぞ」

 進路を東寄りに戻して進むと、今度はこの海域にある学舎を仕切る巨大イカに「頭を下げてイカぬか!」と怒鳴られた。イカに化けたカロアナだった。
「挨拶が欲しけりゃ先にやれ」通り過ぎた後で、セドナは言い放った。但し小声で。

 群れもせず、勢力争いとも無縁な学舎があれば、暴れる波の素早い収め方や星の高度な読み方など、セドナにも学びたい事はたくさんあったのだ。最初は粗末でも、新しい学舎さえできれば、同じように考える神々も来るだろう。教員の手配も、往来の手段も整うと女神は言っていた。
 一刻も早く辿り着きたい。その一心でセドナは泳いだ。

 波が騒つくと、気のいいカモメが風の進路を教えてくれた。人間の扱う船から逃れる時は、注意深く迂回をした。護衛がいたところで、どんな武器が積まれているか、わかったものではないのだ。
 ただ海の生き物は別だ。レブンカムイとケートスの姿を見れば、凶暴な魚達も大抵は道を開ける。
 美しい真珠達の中には媚びをうる者もいたが、いかつい両神獣は脇目を振らずにセドナを先導した。
「なんだ、貝ごときが」とレブンカムイが言うと「お前本当はちょっと勿体ないって思ってるんじゃ無いのか?」と、ケートスが脇をつつく。

「お前達、案外いいコンビだな」と、セドナがからかうと、両者共に澄ました顔でスピードをあげた。

 深めに潜ると出会う、群舞を舞うような魚達に慰められたが、水面に上がれば前も後ろもグルリと水平線に囲まれる日々を、星と仲間を頼りに来る日も来る日も泳ぎ続けた。軽口すら減りだしてどの位経っただろう。

 ついに目指す場所を見つける時がやって来た。

「おい、あれを見ろよ。女神は言ったよな、馴染みのある者達に出会うと」そう言ってケートスは暗がりの中、前方の群れを指し示した。

「…… アザラシ……か」

 そして故郷を思わせるような水の冷たさにセドナは気付いた。

「着いたのか……」セドナ達は目を輝かせた。そして見上げた先に広がる幻想的な緞帳から声が聞こえた。

「よく来ましたね、セドナ。そしてレブンカムイとケートスも。北の姉妹神から話は聞いている」

「女神、この地で間違い無いのか?」セドナは念を押すように、故郷で会う女神と違わぬ声の主を見つめた。

「間違いない。始まりの主は、ここを選ばれた。この地は神々の勢力争いとは無縁。それが証拠に北の姉妹神はオーロラとか、アウローラ等と言った名の元、いくつもの伝承を持つが、同じ極光であるわたしの伝承など、およそ聞いた事がないのだから」そう言うと女神は苦笑した。

「やったぞ、レブンカムイ、ケートス、聞いたか、やったぞ!」
「ホントに来ちまったのか!俺達やったんだな!」
 セドナは笑い転げ、レブンカムイが叫び、ケートスは大きく潮を吹いた。

 セドナと神獣達の喜ぶ姿を見つめながら女神は続けた。

「セドナよ、この地に学舎を作りなさい。ストーリア学園のストーリアとは、我々の叡智の軌跡という意味を持つと、わたしは考えています。学びたい神々が、学びに没頭できる場所を作るのです。小さな皇帝達が手伝ってくれますから」

 やがて女神が姿を消して、白々と夜が明けた。セドナの近くには、レブンカムイとケートスを怖がるぺんぎん達が恐る恐る集まって来た。

「大丈夫だから!ね、怖く無いよね!」と、神獣達にセドナが訊ねる。

「まあな、協力してくれりゃあ、敵の追っ払い方のひとつも教えてやるさ、なあ、ケートス?」と、レブンカムイが笑った。

「せーの!」

 そして申し合わせたように三者は尾ヒレから巧みに足を出すと、揃って白い大地を踏みしめた。

「さあ!ここからだ!」ウキウキとした声をあげたセドナは、すっかり日に焼けた腕を、高らかに振り上げた。

 こうして神々にとっては見知らぬ土地に、ストーリア学園の新しい学舎ができる事となった。
 やがて時を経て、志を高く持った神々の、新しい物語が語り継がれるのだろうか。
 イヌイットの海神セドナが、遥々2万キロ近くをも泳ぎきった先の広大な地。

南極大陸にて。


【了】


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どの国家にも、どの民族にも領有権の主張が認められない大陸。古からの人の歴史が無ければ古からの神の歴史もありません。
みんながひたすらにフラットな立場で学ぶ事ができるといいですね^^

内容から、各地の海に関する伝承を持つ神々に、主に登場してもらいました。
ポセイドーンは悪口言われただけでしたが😂
オーロラは暁の神格から転じています。

海に関する神格
 セドナ イヌイット神話
 レブンカムイ アイヌ神話
 ケートス ギリシャ神話
 ポセイドーン ギリシャ神話
 オオワタツミ 日本神話
 カロアナ ハワイ神話

 アウローラ ローマ神話
 始まりの主 ??(誰だ?)

但し、それぞれの性格はわたしの創作です。

※ストーリア
物語や歴史を意味する


#mymyth2023夏 #掌編小説 #神話創作文芸部ストーリア

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