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掌編 風の民

神話部お題 恩恵(グレイス)

風の民

カンザス。

農具を小屋にしまい、家路に就いた老人に声を掛けたのは同じ年頃の牧師だった。

「豊作だな、カレブ。黄金の麦畑とは良く言ったもんだ」

「相変わらずだな、エセ牧師めが」

牧師はニヤリと笑うと「コーヒーを淹れるところだ、寄っていけよ」と教会の隣にある自宅のポーチに向けて顎をしゃくった。

カレブはズボンの泥を気持ち程度払うと、しつらえてある椅子に腰を下ろした。

「濃いのを頼む。薄いコーヒーはどうも好かん」

「いちいち面倒な野郎だ」と、開けたドアの奥から牧師の声がした。
暫くすると、カレブは香ばしい香りの立つマグを渡された。

「ここ数年は豊作続きだ。これも神のお恵み、カレブ、お前もたまには礼拝に顔を出せよ」
「神のお恵みだと?金で聖職を買ったお前がどの口を叩く」

ここカンザスの地は正式に自由州として合衆国に入る前から、奴隷反対派と推進派の流血騒ぎが頻発した土地だ。続く南北戦争で更なる混乱をきたし、終結に乗じて安く土地を買い叩いた者は少なくなかった。
カレブもそのひとりで、昔染みの牧師もその流れで聖職を得たのだった。

「何が神だ。礼拝なんぞ知らない土地でも作物は育つ。恵みと言うなら、日光と雨と…… 」

「肥沃な土地のお陰だ」と、牧師が言葉を引き取った。

そう言葉を交わすとふたりは黙ってマグのコーヒーを味わった。

遥か昔、この辺りは「風の民」を意味する「カンサ族」という先住民が暮らす地であった。他国からの入植が進み武力の劣る風の民は迫害を受け散り散りになったと言われている。奴隷になった者もいるが、賢く生き延びた者もいる。
自らが持つ文化を隠し、婚姻による同化の道を選んだ者達の末裔も少なからずいると言われているが、詳しい事は知られていない。

暫く遠目に映る麦畑を眺めながら、旨そうに紫煙をくゆらせていたカレブは腰を上げた。

「コーヒー、美味かったぞ。さてと、婆さんが待ってる。帰るとするか」

「いいか、たまには奥さんと礼拝に来いよ」

「うるさいぞ、エセ牧師めが。…… まぁな、神なんてものがいたとして、そう嫌な奴でも無いのかもな」

そう言うとカレブはウインクをしてみせた。

カレブの物言いに牧師は笑いながら首を振った。

夕陽が当たり光り輝く麦畑にサワサワと柔らかい風が吹く。

ーー俺達はただ、取り返しただけだーー

風を全能の創造主と崇める者などはいないだろう。
ただふたりの目には、その風が麦の穂をなでているように見えていた。


《了》

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カントリーソング歌手の大御所が晩年に歌ったアメイジンググレイス。もしお時間があればお聴きください。聴き慣れているものとは印象が違うと思います。


*先住民と白人の闘争。単に「戦い方」という意味において、残忍さは必ずしも一方的では無かったと付け加えておきます。

*この掌編、ある程度歴史に沿っていますが、勿論ピッカピカの作り話です。

#mymyth202206   #掌編

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