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先で待つ彼の人にまた会はむやと 白菊薫る野辺の送りに

※人の最期に拘るお話でもありますので、好まない方はご遠慮ください。申し訳ありません。

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 その時、たまたま機会がありわたしは海に来ていた。

 心根の良い人では無かった。むしろ逆だったと思う。それでも魂が引き付けられるように大切な存在になる。そういう人がいたとしても可笑しくはなかろう。人との繋がりや友人とはそういうものだ。
 彼女は失意の中で亡くなった。その瞬間にもしその顔が穏やかだったとすれば、それは抗うことのできない人生の終焉に対する、諦めの表情だったのだろう。

 20代の時に長く愛する人がいれば、女がその先に結婚を意識するのは自然なことだ。ただ彼女とその彼の場合、タイミングがそれを邪魔した。もうあと数年すれば、と思っていた彼は突然の別れを突き付けられ、ほどなくして彼女が別の男性と結婚したことを知らされた。その後の人生で彼は恋をすることがあっても、人生の伴侶を得ることはついぞ無かった。

 彼女が結婚した相手は、時々蜜のように優しかった。そしてそうでない時に彼女の身体には青あざがあった。
 結婚相手がそういった人だと知ったのは、新婚旅行中だったという。けれど蜜のように優しくされることで彼女は錯覚をおこし、自分がいたらないせいだと思うようになっていった。もちろん誰に言うこともなく。子供の頃から魅力的だった奔放さは陰に隠れ、調教されていった。発言の数々から何も気づけなかったわたしも、馬鹿野郎だった。
 望んでいた子宝に恵まれることも無く、うつ病になった彼女は更なる病に倒れた。

 余命を宣告されたころ、彼女は彼と再会を果たした。周囲の友人の中にはそれぞれと交流を続けていた人も何人かはいたので、さほど難しいことでは無かった。肉体の苦痛と薬の影響で朦朧とした彼女は、彼への恋心を再び感じるようになっていた。
 …… いや、燻り続けていた物を自覚したと言った方が良いかも知れず、一方で彼は人としての愛情からその気持ちを受け入れた。擦り切れていくわたし達友人の気持ちにも、彼なりのやり方で寄り添ってくれた。
 それでも受け入れられるのは気持ちだけだ。肉体を持つ彼女自身を受け入れてあげることなどできるはずもなく、彼女は失意の中婚家の姓のまま旅立っていった。まだ生きたいという生への渇望を、暴力的なほどの表現でわたし達残る者に突き付けながら、彼女は息を引き取った。

 お別れには彼も堂々と立ち合った。言いたいことは山程あっただろう。彼はその時どんな気持ちでいたか、それを口にすることは無かったが、棺の中の彼女に花を手向けながら静かに涙を流す彼の顔をわたしは見ていた。

 取り立てて良い人間でも優しい人間でもないはずだった。理屈ではない、魂が引き付けるように大切だった人。それだからこそ彼女の旅立ちはわたしにとって何かの終わりを告げた。そして彼女の側からの未練や失意だけがわたしの心に残った。

 十年ひと昔という。良いも悪いも人の記憶が徐々に薄らいでいくには充分であろうはずのこの歳月であっても、わたしのこころに置き去りにされた彼女の失意が、完全に消えることは無かった。
 そしてあろうことか、徐々に病魔に侵され始めた彼の身にも、やがてその時がやってきてしまった。
 ――11月のある日、わたし同様彼女に最後まで寄り添った共通の古い友人から、その知らせを受け取った。

 人と人との繋がりは、大きさは違えど各々断片だけでしかない。わたしが知る彼と、目の前に花を持ちながら立つ人が知る彼とでは、その断片が違う。
 それだからこそ、わたし達が彼に掛ける最後の言葉は、わたし達だけの気持ちでいいはずだと思った。わたしが彼のごく一部しか知らないように、参列している見知らぬ多くの彼の友人達は、その場にいた、たったふたりわたし達の知る彼の断片を知らないのだから。
 そしてわたしと友人は、白い菊の花を彼の胸元に置き、野辺に見送った。
 本当に寂しい。どうしようもなく寂しいのが本音だ。
 

 知らせを受けてから見送るまでの間に、わたしは偶然にも機会を得て、17~8の頃に散々彼女とふたりで出かけた、ある海に来ていた。
 昨年知り合った素敵な女性が傍らにいた。わたしは特に彼のことは口にしなかったけれど、海を前にこの友人が近くにいてくれたからこそ、こころが凪いでいるのだと思った。そして何より楽しかった。


 海原は光りを湛えていた。その先を見つめながら、わたしは彼女が置き去りにしていったもの達が、静かに引き上げていくような気がしてならなかった。



#ノンフィクション小説とでも言っておこう #散文 #後で消すかも知れない #薫バイバイ #帳友さんありがとう #黙っててごめんね

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