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掌編 始まりの地へ

神話部お題 冥府

始まりの地へ

冥府。死後の魂が向かう先。

ワイカト族のおさを受け継いだばかりの男は、勝利した他部族との抗争地に立った。死者も少なからず出てしまった。
男は勝利に浮かれる事もなく目を閉じて、遠い日を思い出していた。

「こら!いい加減にしないか!」

小競り合いをしている血気盛んな少年達の中に割って入った老人が声を荒げる。

「どうせつまらん事で始まった喧嘩だろうよ。女の子の取り合いでもしとったのか」

「そんなんじゃないよ!誰が一番強いか、誰がイウィ部族を守る男か力比べをしてたんだよ!強くなきゃ他のイウィの奴等をやっつけらんないだろ!」
「そうだ!そうだ!」
少年達は顔を赤くして老人に食ってかかった。

「そうか、他のイウィをやっつけるか」

「当たり前だ。他のカヌーに乗ってこのアオテアロアにやってきた奴等に負けてたまるか!やっつけてやる!」老人の言葉にひときわ体つきの良い少年が声をあげた。

「頼もしい事じゃな…… ところでカヌーに乗ってこの島にやってきた我等の祖先は、どこから来たのか知っておるか?」

老人の問いかけに別の少年が答えた。
「ハワイキだろ?」

「そうだ、ハワイキだ。忘れちゃいないだろうな…… それぞれのイウィに分かれてしまったが、7艘の航海カヌーはひとつの大艦隊だったことを」

マオリ族の祖先はその昔、ハワイキと言う、天地創造の神々が住む場所から7艘のカヌーに分乗し、大航海の末島に降り立ったと語り継がれていた。そしてこの島を「長く白い雲」と言う意味のアオテアロアと名付けたのだった。
海を渡ったマオリ族は最後にまた海を渡るという。肉体が滅びると、その魂は島の最北端の岬に立つポフトゥカワという木の根を伝って、大海原の先にあるという民族の故郷、ハワイキに還るのだ。
彼等にとっての冥界とは、始まりの地だったのだ。

西洋の帝国による入植が始まると、マオリ族は土地を追われ、少ない土地を巡ってイウィ間の争いが起きるようになっていった。

抗争の跡が残る大地に立ち、幼い日の老人の言葉を思い出していた男は、静かな言葉で配下の者達に命じた。

「死んだ者達を皆丁寧に葬ってやってくれ」

「敵の奴等も?」
配下の者の問いかけに男はこう答えた。

「むろん同じように。北のポフトゥカワの方に向かって埋葬してやってくれ」


ワイカト族のおさを継いだ男の名はポダタウ。後に西洋の帝国による植民地化と対峙する、ニュージーランドマオリ族統合の初代王になった男だと言う。


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ハワイキやカヌー船団の伝承と、初代王の名前以外は作り話。
王は国家公認ではなく、政治的権力を有するものではないそうです。それでも尊敬を集め、現在に至るまで王位の継承が保たれています。

ポリネシアの国々の神話は、多少名称が違うもののハワイキに相当する場所を持つようです。
当初は始まりの地であり還る地であったものが、次第に理想郷的な概念が加わったようです。
沖縄、奄美神話のニライカナイや日本神話の根の国常世の国にも共通するように感じます。


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