見出し画像

掌編 終末の時に

神話部お題 【薬】
千文字(以内)小説

 終末の時に

 そよぐ海風に揺れるヤシ。島の陽気は今日も上々だった。
 そろそろ日が落ち始める時刻になって、ケオニはのっそりとベッドから起き上がり、肘掛け椅子に体を預けていた。

「おじいちゃん、薬の時間だよ」

 孫のカイが声をかける。

「おお、カイ。丁度いい、イプヘケを持ってきてくれるか?」
「ん?なんでまた」カイが笑う。
「気分がいいんでな、叩きたくなった」

 カイがイプヘケと言う楽器を持ってくると、よっと声をたててケオニは足の間に楽器を挟んだ。

「もう随分と叩いてないんじゃない?」愛おしそうにイプヘケを撫でるケオニの手元を見つめながらカイが尋ねる。

「なぁに、慣れたものよ」そう言うと、ケオニはゴツゴツした手でポンと音を鳴らした。
 古典フラのカヒコでは、詠唱(チャント)とイプヘケの伴奏に合わせて神に踊りを捧げる。昔、ケオニはイプヘケの奏者としてフラの一旦を担っていた経験を持つ。いや、土地の者はみなフラの何らかに関わっていたものなのだ。
 ポップな音楽を好むカイであっても土地の子だ。祖父が鳴らすイプヘケの音に聴き入った。

「そうそうおじいちゃん、薬だってば」思い出したようにカイが言った。

 ケオニは心臓がよくない。いや、既に臓と名の付くあらゆるものが駄目になっていた。

「そうだったな、すまない」そう言ってケオニは数粒の薬を水で飲み下す。

「やれやれ、昔はアヴァだったがなぁ。あれは何にでも良く効く」

 アヴァは水に溶いて飲む嗜好品で、程よい鎮静効果があるために、民間療法の薬としても使われていた。
 神話の神々もこのアヴァが大好きで、島の収穫祭などでは、アヴァとフラカヒコで神々をもてなしたものだった。

「なあ、今夜あたりアヴァが飲みたいなぁ」

「でもおじいちゃん、あれはお医者さんに……」そこまで言ってカイは老人の背中を見つめた。
「わかったよ。お母さんに言っておくね」

「ありがとうよ、カイ」

 いつの間にかカイも大きくなったものだとケオニは目を細めた。いつか島を出ていくのかも知れない。代々受け継いできた小さなコーヒー農場をケオニは思い浮かべた。

ーー いや、しっかり生きていけばそれが一番だーー

「カイよ。どうだ、学校は楽しいか?」

「なんだよいきなり。うん、まあまあさ」そう言ってカイは頭を掻いた。

「そうか、そいつは良かった」
 ケオニはニコリとして再びイプヘケを抱き寄せた。カイが部屋を出て行き、そのまま時間の進む空を眺める。

 そして静かに目を閉じたのだった。

〈了〉


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇

フィクションです。


●アヴァとは
南太平洋の島々で飲まれており、軽い酩酊状態を感じる。こしょう科の植物で、根をすり潰し水に溶いて飲む。
アルコールでは無いものの、神様の美酒とも言われる。四大神のカネとカナロアは、とりわけ好きだったと神話の中で語られる。ハワイ以外の地域ではカヴァと言う場合が多い。

日本では無承認無許可医薬品として、監視対象となっている。また、輸入禁止とする国もある。

●イプヘケとは
イプはひょうたんを意味し、これを楽器にしたもの。
フラでは小さめのイプを持ちながら踊る場合もあるが、伴奏専用のイプヘケは50センチ程度の大きさがある。上部(ヘケ)があるか無いかの違い。
↓ヘタクソなイラストですが😅


#mymyth202305  #掌編小説 #神話創作文芸部ストーリア

スキもコメントもサポートも、いただけたら素直に嬉しいです♡