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掌編 TABOO

神話部お題 大洪水
千文字以内掌編

TABOO


海幸彦に借りた釣り針を失くし、代替ではすまぬ、探して来いと言われた山幸彦が、三年の時を経て陸に戻ってからいくばくかの時が過ぎていた。

ほんのかすかに潮がざわついていた。

「…… やはり、か」

海中に構える宮の中で静かに目を閉じる。
宮の主大綿津見神の目の奥で、山幸彦が使った潮満つ珠によって、水に溺れようとしている海幸彦の姿が浮かんだ。

ーーやはり海幸彦は攻めてきたか…… 致し方ありるまい。それが大洪水の後に生まれた葦原中つ国を治める者達の運命さだめーーとは、やはり言い訳に過ぎないと大綿津見神は自分を恥じた。

古の時、この世のいたるところで大地が揺れ動き、その結果海水が土地を覆った。
まるでこの世の真なる主が、その後の世の中がいかに動くかを見定めるためかのようだった。

高天原の別天津神らは伊邪那岐、伊邪那美に、水とも土ともつかないどろどろとした中からの新たな国生みを命じた。しかし高天原の神々は甘く考えていた事があった。それは兄妹相姦の禁忌だ。
最初の国生みに失敗した時、それは求愛順序の間違いだと誤魔化した。

ーーしかしそうでは無い。禁忌を破った者が背負った罪の証だったに違いないのだーー
大綿津見神は低く唸った。
「神であっても不完全。抗えない理があったと言う事なのだろう」

中つ国だけでは無い。それは高天原においても同様なのだ。
禁忌破りを背負った伊邪那岐、伊邪那美の子らは互いに争う事が多い。時に殺してしまう事すらある。

「血の近しい者同士の目合まぐわいは繰り返され、これからも密やかに続くことであろう。因果とはこうも巡るものなのか」

海神として海を守る彼もまた伊邪那岐、伊邪那美の子。実際海幸彦を怒らせるように仕向け、潮満つ珠を山幸彦に渡したのは一体誰なのかと、己の中に芽生えた邪な心を罵った。
山幸彦と夫婦の契りを交わした娘可愛さか。或いは同じ両親から生まれた山の神である大山津見神への対抗心だったのか。
何故自分に与えられたのは、陸では無く海神の任だったのか。

海幸彦へのやるせなさは、己の所業に対する憤懣やるかたない気持ちと表裏一体であった。

自身の娘豊玉毘売命は山幸彦の子を身籠った。
宮の一室で、いそいそと母になる日を待つ娘を思う。

「あれの真の姿を婿殿は知らぬ。無事に産み落とせればよいが…… 」

今頃は平伏しているであろう海幸彦の事を考えながら大綿津見神は、人の姿を借り、ワニとして生まれた娘の行く末を案じるのであった。

【了】

◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


世界各地の神話に登場する洪水伝説。地殻変動によるものだろうとされていますが、神が人間の行いを正すために起きたとする説話が多いかと思います。
またここに近親相姦を絡める神話は、東南アジア付近やポリネシアに散見されるようです。

今回わたしは国生み神話を、大洪水の後に行われたという設定にして、水に溺れる海幸彦を使い、近親相姦のタブーを入れ込んでみました。

ええ、もちろんでっち上げですとも。

文字数の関係で、そもそも海山幸彦の話を知らない人にはちんぷんかんぷんな内容になってしまいました😅


#mymyth202306 #神話創作文芸部ストーリア #掌編

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