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掌編 波間に溺れて


神話部お題 合成獣/CHIMERA
二種類以上の生物を融合させた動物の意

掌編 波間に溺れて


「オデュッセウスよ、もう間もなくだ」

セイレーンのひとりパルテノペー(処女の声)は歯の隙間からわずかに吐息を漏らした。

セイレーンの歌を聴いた者は生きてこの海域を渡る事はできない。船が難破するか、セイレーンに喰われると言う。
美しい人間女性の上半身を持ち、下半身は鳥の姿をしたセイレーン。

ーー 船員には耳栓をさせ、マストに自らを縛り付けわたしの歌を聞こうとはなかなかの強者ーー 

「…… しかしやはりお前も男。逆らう事に何の意味も無いとわかってきたようだな」
そう小さく呟くと、パルテノペーは一層魅惑的な声で歌を続けた。
甘く柔らかい旋律が夜の帷に溶け込み、男の頬を撫でる。最初は構えていたオデュッセウスだったが、今ではうっすらと半目を開けて歌声に身を預けていた。

船を走らせるには程よい波間に月明かりが落ち、歌声に吸い寄せられた魚の群れが青く光る。
やがて月に晒されたオデュッセウスの顔つきが変わったかと思うと、下半身が震え始めた。

「オデュッセウスよ、縛り付けても無駄なのだ」パルテノペーはオデュッセウスの心に向けて語り掛けた。

「セイレーン…… お前はいったい……」

「わたし達セイレーンは殺したりはしない。快楽に溺れた男どもがわたし達にむしゃぶりつこうと落ちてくるのだ…… 人にあらずだと言う事も忘れてな」

力強いオデュッセウスの顔は、既に呆けていた。

「百戦錬磨の勇者も、いや、この世に君臨する神々ですら快楽への欲望には勝てぬのだ。男達はわたし達の歌ひとつで果ててゆく。セイレーンはそれを見ているだけに過ぎぬ」

「…… だがそれももう終わる」

崩れ落ちそうなオデュッセウスであったが、身体はしっかりと船のマストにくくりつけられている。船は何事も無かったように海域を進んでいった。

船の姿が見えなくなると、パルテノペーはそれまでとは違う穏やかな微笑みを浮かべた。
セイレーンの歌を聞きながら海域を渡った者がいれば、歌ったセイレーンには死ぬ運命が待っていた。

パルテノペーは深い海の底に落ちて行った。何人もの男を快楽の頂に誘いながら、名の通り処女のままであった。

濡れた月が揺れる。
屈辱の先に広がり止まぬ恍惚。凪いだ水面を見つめても、オデュッセウスに危険な海域を走り切った喜びは無かった。

惑わされたのか、己の欲望の発露だったのか。トロイア戦争に勝利した後、苦難の旅を続けたオデュッセウスは、その後ようやく愛しい妻の元への帰還を果たす事となった。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇

セイレーンの下半身は魚と言う話もありますが、どうやら後世にできた話のようです。
トロイア戦争の後苦難の旅を続けたオデュッセウスが、聞けば死ぬと言われたセイレーンの歌を聞くシーンを切り取りました。

実際どんな歌だったのでしょうか?
性的恍惚へ誘う歌だったとは、神話らしく←と言うわたしの妄想でございます。

「神話らしく」ですが、この手の話については、きちんと考えを纏めて記事にするつもりです。
(え、要らない?w)

(小説本文ジャスト1000文字なので、誤字等があったら困る😭)


#mymyth202207  #掌編 #散文詩小説

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