修士論文「E.H.エリクソンの教育思想に関する研究」

内容も、方法も、形式もオソマツで読まれたくない修論なので、有料で置いておきます。
概要は無料です。有料エリアにPDFのリンクを貼っておきました。

 本研究は、エリクソンのライフサイクル論における「子ども」の意味を、発達段階の第Ⅳ段階「児童期」と、その形成過程から検討することで、エリクソンの教育思想の特徴の一側面を明らかにしようとする試みである。一般的にエリクソンは、1960年代を中心として、アメリカ国内で広まっていった。また日本でも盛んに邦訳書が出版された。エリクソンの理論の学際的性格から、心理学、社会学、思想、哲学、人間学、倫理学、宗教学、政治学などの多様な学問において研究がなされてきた。例えば『幼児期と社会』で示された青年期における「アイデンティティ」と「アイデンティティの拡散」や「発達段階」などが、主に精神医学や青年心理学などで重要な概念となっている。またエリクソンのライフサイクル論は、現代でも生涯発達理論の基礎的、代表的理論として紹介されることが多い。
 教育学としてエリクソンを取り扱ったのは、とくに人間形成論の領域において注目した、森昭の『遺稿 人間形成論』(1988)だ。この森の理論を引き継ぐ形で田中毎実が『臨床的人間形成論』(2003)を展開している。また西平直の『エリクソンの人間学』(1993)においては、これまで断片的に検討されることの多かったエリクソンの理論と研究手法とを、その思想背景に照らし合わせながら「人間学」として包括的に再構成することで、人間形成論の基礎理論に位置づくものとしている。
 このなかでも、鬢櫛久美子(1992)は発達段階やエリクソン研究の全体像を、また谷村千絵(1999)は「成人期」におけるジェネラティヴィティ概念の形成過程を検討している。これは西平の研究の展開として位置づくものであり、エリクソンの思想背景に特段の注意を払っている点が特徴的である。
 「児童期」を中心とした検討はこれまで、主に青年心理学分野において、「青年期」の「アイデンティティ」の確立に向けた前段階として研究されてきた。「児童期」は勤勉性と劣等感の葛藤が生じ、適格性という徳の獲得に向けた段階である。生涯の発達において、学校という社会組織に組み込まれることを特徴とした子どもの姿を捉える。この点から、集団における他者との協調性や学習意欲の向上、より好ましい青年期への移行を標榜した研究が進められたが、前述の鬢櫛や谷村が行っていたような、エリクソンの思想背景に照らされた研究とは言えない。また、これらに代わって「児童期」を中心的に取り上げ検討された研究は未だなされてこなかった。しかしながら西平は、エリクソンの最初の著作『幼児期と社会』(1950)の中で用いられる「子ども」という言葉の意味は、エリクソンの諸理論研究、諸思想研究において重要なものであると指摘している。
 本研究では、エリクソンの「子ども」に関する理論の形成過程を年代ごとに明らかにし、教育思想として再構成する。特にその形成過程は次のように考えることができる。まず、エリクソン自身の子ども時代から『幼児期と社会』(1950)が出版される1950年までを第一期とする。これは臨床場面に基づく基礎理論の形成期である。
これらがより詳細に検討されるようになる契機となった1960から70年代の、エリクソンが勤務していた大学における、指導者としての一面がある。これを第二期とする。エリクソン自身の振り返り、思想の変化が彼の著作において語られることは少ないが、複数の伝記的著作に依りながら明らかにしてゆくことが可能であると考える。
 エリクソンによる「子ども」に関する複数の意味について、エリクソンが自覚的に述べた表現は管見の限り見受けられない。西平による指摘を援用しながら、「児童期」に関する説明の変化を検討することで明らかにできるものと考えている。
本研究はあくまでもエリクソンの「子ども」概念の形成過程を明らかにする理論研究である。そのため、今後の教育学における子どもの取り扱い方、大人の子どもとの接し方、それら総合的かつ「正しい」教育方法について述べることではない。あくまでも、エリクソン研究の一側面を新たに切り拓くことを目的とした基礎研究である。

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