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中車さんとの夫婦役・壱太郎さん好演! 仁左衛門さんの孫・千之助さんも奮闘中

昼の部主演・中車さんの重責

 3日から始まった六月大歌舞伎。昼の部ですが市川猿之助さんの役は中村壱太郎さんが代役となり、市川中車さんとの夫婦役がテレビや新聞などで話題を振りまいています。
 この日曜日に歌舞伎座を訪れたのですが、夜の部が3時20分開場と思っていたら30分の開場でした(4時開演)。
 昼の部が終わり、中から観客がどっと出てきたのは3時15分。それまで劇場前は人が少なくて静かだっただけに、どっと人があふれ出てきてました。その観客たちの表情を見ると、芝居が良かったからでしょうか、ある種の興奮したような、高揚とした感じが印象的でした。

 中車さんといえば、歌舞伎座に初登場されたのは、2014年の七月大歌舞伎。私が観たのは、昼の部の演目「夏祭浪花鑑」です。
 憎々しさをみなぎらせる義平次の演技は、なかなかのものでした。この演目だったので中車さんに合っていたと思います。中車を襲名してから2年。もともと芸達者な方ですから古典ではなければ、その演技力は折り紙付きであるのは言うまでもありません。
 ただ、どうしても古典をやると、幼いころから歌舞伎に触れてきて身体にしみこませてきた役者さんとの違いを見せつけられてしまいます。
 なかなかなハンデではありますが、(余談ですが、昔、中村獅童さんも同様に感じたのですが若いころに勘三郎さんに引き立ててもらい、場数を踏むことができたことが大きいと思います。最近はずいぶんうまくなられたなあと)、すべて息子に歌舞伎の芸を踏襲させるため、という親の愛なのか、それとも意地なのかわかりませんが、少なくとも今回の明治座の舞台では市川團子さんがこれまで研鑽を積んできたことで難役を無事に果たしたことが世に知らしめられました。

 ほかに中車さんで印象が残っているのは、2016年12月に歌舞伎座で観た第2部。宇野信夫作の「吹雪峠」でした。
 中車さんと中村七之助さん、尾上松也さんの3人しか出てこない台詞劇とあって、二人からいい刺激を受けている気がしました。徐々に大きな役をもらっているなあと思ったものです。前年には坂東玉三郎さんとも共演されていた舞台を観ました。皆が生粋の歌舞伎役者の2世、3世という血筋ではない方々(正確に言えば中車さんはまた違うのですが)が出演するという試みでもあった、玉三郎さんらしい配役でした。
 それだけに、中車さんの例の"事件”は響きましたね。

 それでも昨年12月の歌舞伎座の公演(市川團十郎襲名披露公演)に復帰できたのは、言うまでもなく團十郎さんや猿之助さんのバックアップがあってこそでしょう。
 舞台「鞘当」の偶数日に市川中車さんが登場(奇数日は猿之助さんが出演)。観劇したのがちょうど偶数日でした。
 勝手な印象ですが、彼が花道を歩いているときの会場からの視線はどことなく厳しい目が注がれていたような気がしたのですが……。
 久しぶりに中車さんの演技を見たせいかもしれません。松本幸四郎さんと尾上松緑さんとの仲裁役として登場するのですが、二人の間ではどうも台詞が軽く感じられたのが気になりました。

 今月はもともと予定されていた役ですから不測の事態とはいえ、一心不乱に舞台に臨むしかないでしょうが、このたび発表された7月の猿之助さんの代役はかなり荷が重いことになりそうな気がするのは私だけでしょうか。

壱太郎さん、注目高まる!

 上方歌舞伎の女形で注目しているのが中村壱太郎さんです。
 歌舞伎ファンの方はよく知られた存在ですが、今回のことで一般的に名前が知られるきっかけになったことは良かったなあと思います。
 関西ではかつて片岡愛之助さんが若いころは女形で脚光を浴びていたのですが、年齢とともに立役に重点が置かれたようで近年は完全な女形を見る機会はあまりない気がします。
 1月に歌舞伎座で演じた弁天小僧菊之助。こういう役くらいのようです(歌舞伎座の公演より前に京都・南座ですでに演じておられましたが、「女形ではないけれどこの役で美しい武家の娘に扮すること自体が久しぶり」とご本人がインタビューで答えておられました)。

 それだけに、壱太郎さんがこれから上方歌舞伎をけん引していくことに期待が高まります。

 コロナ前の2019年、新宿で上演されたオフシアター歌舞伎「女殺油地獄」では小劇場のような空間で、壱太郎さんが豊島屋の女房お吉と芸者小菊の二役を見事に演じておられました。放蕩息子である河内屋与兵衛役の中村獅童さんとの息もピッタリ。

歌舞伎町近くのビルの一角に作られた芝居小屋。「女殺油地獄」には荒川良々さんも出演

 それより前の2016年には新橋演舞場で上演された「GOEMON」では、主演の愛之助さんともに、出雲阿国役で壱太郎さんが出演。着物姿でタップをするハードなことを軽々とやって見せておられていて、身体能力の高さは証明済みです。

 今回の夜の部「義経千本桜 <木の実・小金吾討死・すし屋>」の「すし屋」にすし屋を営む弥左衛門の娘・お里役で出演。
 その愛らしいこと。住み込みで働いている、ちょっと頼りないが、どこか憂いを帯びていて品のある弥助に恋している姿を可憐に演じるのです。
 弥助とイチャイチャしている場面では観客も一緒に微笑ましく観ています。そんな可愛らしさを嫌味なく演じる壱太郎さんは貴重です。

千之助さんの著しい成長ぶり

 同じく「義経千本桜」の「小金吾討死」で小馬小金吾に扮したのが片岡千之助さん。
 正直言って、ここまで上手くなられたことに驚きました。祖父・片岡仁左衛門さんのインタビュー記事を読むと、2018年の南座の公演でこの役を千之助さんにやらせたのには「(本人の実力に)相応の荷物ばかり背負わせては、なかなか身につかない」ということで課題を与えたそうです。
 父・片岡孝太郎さんは千之助の稽古に立ち会った際に「思ったよりいい部分も、まだまだな部分も。これから彼が自分の中でどう消化して身に付けていくか」と言う感想でした。

 あれから5年。今回の舞台はまさにその成長した姿を見ることができた内容だと思います。

 23歳の千之助さん。今後が楽しみになりました。より邁進していただきたいものです。


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