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塔2024年7月号気になった歌10首②

12個のギョウザ一人でたいらげて途方に暮れる午前二時過ぎ/水谷千代子

塔2024年7月号若葉集

実感しかない。午前2時過ぎに急に後悔にさいなまされるのだ。しかし、餃子の魅力にはかなわない。12個を1人で食べてしまうのも運命である。
一連の最後に配置された「春の夜の望月寒川もつきさむがわたゆたゆと揺蕩たゆたう音に身体もたゆんたゆん」の歌もおもしろい。
言葉遊びの妙に加えて、望月寒川(札幌市などを流れる川)という具体的な地名が登場することで、身近な生活感が感じられる。

置いてあるスポンジに似た服を着る台所から来た感を出す/森久保りりか

塔2024年7月号若葉集

スポンジに似た服というのがユニーク。「台所から来た感」には、生活で色々と大変という姿を見せることに価値を感じている雰囲気があり、妙によくわかる。生活感は演出できるし、生活感は好意的な印象を引き出すことがある。

晴れていると海はひときわ青くなる 君の痛みが分からなかった/潮未咲

塔2024年7月号若葉集

晴れた日に日光を反射して海の青がひときわ強くなる情景が、上の句から浮かんだ。下の句の自省的な言葉には、後悔の念が浮かぶ。キラキラと輝く海と主体の心の痛みの対比が鮮やか。

ズレているサッカーの中でひとりだけ野球しているみたいな感じ/杉浦惠子

塔2024年7月号若葉集

サッカーと野球ではルールもプレーヤーの役割も全く異なる。そのちぐはぐな感じに、集団の中で自分だけが孤立してうまく馴染めていない様子がビビットに表現されている。サッカーはパスを回しあったりするチームプレーが必須であるころから、余計に孤立感が際立つ。

砂粒を時間のやうにこぼしつつジャングルジムを子は登りゆく/小金森まき

塔2024年7月号若葉集

美しい歌。公園でジャングルジムを登る子供の服に付いた砂がこぼれていく 。「砂粒を時間のやうにこぼ(す)」という表現には、砂時計のイメージが重なり、子供の成長が進んでいく様子とともに、限りある命であることが浮かぶ。

トイレットペーパー縦に裂けてゆく いま新人を叱ったばかり/朝野陽々

塔2024年7月号作品2

トイレットペーパーが縦に避けるのは、うまく切れなかった時に発生する事象。新人を叱ったことに戸惑いや悩みを抱えている主体の姿が浮かぶ。普通のことが普通にできないときに、そのことから人は自分が戸惑っているということに気づかされることがある。

子供らのコロナの三年言うけれどシニアの三年言う人少なし/加住えり

塔2024年7月号作品2

3年という時間は、子供にとっても、老人にとっても同じ時間であるが、確かにコロナの影響について月日の長さを話すとき、その影響を受ける者としては子供の話をすることが多い。一人一人にとって大事な時間の日常が奪われたことの重さ。

還暦を過ぎて検索しなくても病気や年金記事は画面に/白澤真史

塔2024年7月号作品2

Googleなどでおすすめの記事が自動で出てくるとき、見ている人の思考に合わせたものが自然と表示される。そのことを病気や年金記事という還暦を過ぎた人ならではのことで書いているところにおもしろみがある。「還暦を過ぎて」という初句が、あたかも還暦を過ぎた「から」このような検索が出てくるというようにも読めておもしろさが増している。

よその人、よその人の犬さくら見は近くの世界をちらと覗ける/染川ゆり

塔2024年7月号作品2

独特なリズムが楽しい。「よその人、よその人」というリフレインが、場面もあって、「さくらさくら」の童謡のリフレインと重なる韻律の楽しさがある。主体は、他人の飼っている犬を見ながら、花見に集まった普段は交流しない人々の姿を楽しんでいるよう。

ラタトゥユにとうとうたらりオリーブ油翁の謡とうとうたらり/仲町六絵

塔2024年7月号作品2

「翁の謡」は、能の声楽だろうか。ラタトゥユに垂らすオリーブオイルと翁の謡のリズムが、「とうとうたらり」という言葉で重ね合わされてる。ねっとりとした、どこか緩慢な印象のあるオリーブ油の垂れ方に、くせのある能の声楽が重なるのがユニーク。生活感のあるオリーブ油と能と取り合わせにも意外性と楽しさがある。

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