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塔2023年8月号気になった歌10首⑤

地下鉄の疾走音の大きさにいつも驚く人でありたい/丘村奈央子

塔2023年8月号作品2

地下鉄の轟音。はじめて体感したときはあまりの大きさにビクッとしていたが、いつの間にか慣れてしまい、何も感じなくなってしまった。主体は、そんな慣れを感じながらも、意図的に慣れのなかったころの感情を忘れないように心がけようとしている。

「塔」届きドキドキしながらページくるあー今日もここかとガックリし/尾沼綾子

塔2023年8月号作品2

MOROHAだ。塔会員の大半の人が何度も感じながらも、かっこつけて言えなかった感情を驚くほどストレートに吐露している。5/8/5/9/5という変則的な韻律も、最後の「ガックリし」でコミカルに肩が落ち込む感じがして楽しい。作品2の海の中から自分の名前を見つけるまでの期待感と見つけたときの落胆。

実体がないのは母さんだけじゃないスクリーンにはさわれない推し/佐伯青香

塔2023年8月号作品2

亡くなった母親とスクリーン上の推し(2次元か、3次元か)の存在を、「実体がない(けど、存在している)」ものとして、並列にしているのが印象的。「触れる」ということが、実体の有無のメルクマールになっているのは、独特な感覚。確かにそう考えると不可逆的な「死」とそもそも存在のないものは同価値なのかもしれない。
「さわれる」「ふれる」と読み方がわかれるところにルビがあるのもうまい。

劣化して次々仲間は脱落す残ってしまった洗濯ばさみ/宮本華

塔2023年8月号作品2

劣化した洗濯ばさみは急に終焉を迎える。同じ形状で、同じパッケージに入っていて、同じ時期に製造されたであろうに。そのことが目に留まるのは、主体自身も老いてきており、仲間がいなくなってしまっているからか。同質的な同世代の人間たちを自分も含めて洗濯ばさみに重ねているよう。

祈り方よりも謝り方をまず教わってきた手を洗いたり/toron*

塔2023年8月号作品2

手を合わせるポーズは、祈るときも謝るときも同じ。しかし、そのポーズを使うのは、圧倒的に生活や仕事の中で謝るときが多い。そのような視点でとらえたときの「手を洗う」という行為には、意味が伴う。謝るたびにすりへる心をいたわるように、手を清めている。

ローランドが俺より少し小さいということが今日の自信につながる/長谷川麟

塔2023年8月号作品2

カリスマホストにして、現代のアイコンとして、すべてをほしいままにしているローランド。華やかな世界でなにもかもを手に入れているローランド。そんなローランドが主体より背が小さいことが主体の自信につながっている。低身長男性を揶揄した女性ゲーム配信者が炎上してスポンサーから契約を切られる時代でも、そういう理屈じゃないところに小さな自信が生まれるところに人間らしさがある。「俺」という一人称にローランド感があるのも味がある。

夕方の窓開け放ちすこしずつ彩度を下げてゆく街を見る/紫野春

塔2023年8月号作品2

彩度は、色のあざやかさの度合い。夜に向かって徐々に色を失っていく街並み。「開け放ち」の開放感と変化していく街の様子を眺めている主体に落ち着いた情感がある。

またすこし血が薄くなる母の日に花贈るのみの縁となりて/近藤由宇

塔2023年8月号作品2

母親との微妙な距離感。自立して生きていけば、自然と親との関係も希薄になっていく。そんな中でも主体は母の日に花を贈っていることから、関係に気を遣っているようだが、それでも血が薄くなるような感覚があるのは、当事者にとっては親子の距離感に思うところがあるのだろう。

眠くなるのは食べたから食べたのはお腹がすいたからなのですが/杉田菜穂

塔2023年8月号作品2

好きな歌。つまるところ、腹が減って飯食ったから眠くなったと言ってるだけなのだが、あたかも論理的につめて有無を言わせないような口ぶりがおもしろい。ただ、特に大したことを言っていないのだ。そこがいい。

映画には出てこなかった人物がレジでわたしにほほえみかける/田村穂隆

塔2023年8月号作品2

映画では、ストーリーに関係のある人だけがフォーカスされるため、そうではないモブキャラは捨象される。しかし、現実はモブキャラばかりだし、それぞれがそれぞれに一生懸命生きている。微笑みかけてくれるレジ打ちの店員が、主体にとっては捨象されない存在として現実にいる。

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