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塔2024年5月号気になった歌10首⑩

朝、電車降りてスマホにメモをする キャベツ 夜に向かって生きる/吉岡昌俊

塔2024年5月号作品1

散文風に見せて、疾走感のある韻律が心地いい。一時空けにはさまれた「キャベツ」に懸命に毎日を生きる主体の姿が浮かんでグッとくる。夜、キャベツを買って帰ることを忘れないようにスマホにメモをしたという場面がドラマティックに浮かぶのがおもしろい。

和三盆口中で溶けてゆくように心の中の雪解けを待つ/北山順子

塔2024年5月号作品1

和三盆は、上品な甘みとすっと溶ける口当たりが特徴。無理に噛み砕いたりなめ溶かそうとせずとも、自然と溶けてその風味を残して消えてしまう。主体は、心にあるなにか、つらいことやわだかまりなどだろうか、が自然と消えていくのを静かに待っている。

朝焼けが三列席の窓ぎわの上澄みだけを染めてゆくなり/瀧川和麿

塔2024年5月号新樹集

一連は、新幹線で東京から名古屋に向かう景。「上澄みだけ」の切り取り方に情緒がある。朝焼けで赤く染まるのは新幹線の座席の片側の一部だけというのが、旅情をかきたてられる。

火のような母の気質を受け継がず鍋を磨いている夜の果て/toron*

塔2024年5月号新樹集

主体の母の火に例えらえる気質は、荒かったり激しかったりするものだろう。一方、主体自身は、その気質を受け継がず、静かで闇深い夜に鍋を磨いている。「火」=明るい、燃えるというイメージの対比として、「鍋を磨く」=火を使い終わったあとのものを片付ける、「夜」=暗い、という象徴的なものの現れる場面で表していることで、心に深く刺さる。

眠りいる娘のそばにつんつんと鼻寄せ待てりうさぎは長く/前田康子

塔2024年5月号月集

ほほえましくかわいらしい場面。眠ってしまった娘に相手をしてほしく、健気に鼻を寄せて待っているうさぎ。主体は、その様子を優しく見守りつつ、うさぎを含めた家族の時間を愛おしんでいる。

初春の切り分けられし久寿餅を三角ふたつ合わせて四角/相原かろ

塔2024年5月号月集

「久寿餅」は、くずもち。食べやすいよう、三角に切られた餅を二つ合わせて四角の形にしている。「三角」「ふたつ」「四角」という言葉遊びのような軽快な下の句が楽しい。

東京に無数の雪だるまは生まれこちらへ歩いてくるにはあらず/大森静佳

塔2024年5月号月集

下の句がなんとも怖い。雪だるまが歩いてこないのは当然のことなのだが、そのことが強調されると、歩いてくる雪だるまがかえって想像されてしまう。
昔、スノーマンという、少年が作った雪だるまが命を得て、めっちゃ仲良くなって遊ぶんだけど、最後溶けて消えてしまって、マフラーだけが残っているという絵本が怖すぎてトラウマになっているのだが、思い出してしまった。やっぱり怖い。

補助線をつけたしながら考えるわたしがこれからどうしたいのか/岡本幸緒

塔2024年5月号月集

補助線は、数学の問題を解くときに書かれていない線を引くことで解に近づくためのもの。人生を見通すためには、目に見えるものだけで判断するのではなく、延長線を引いたり、平行線を引いたりして、正確に今を知ることが重要。その上で、どのような解を取るかは、数学と違って一つにならないのがまた人生の悩ましく楽しいところ。

いろがみをそっと一枚抜くように人をまたひとりわれは離りゆく/永田愛

塔2024年5月号月集

「いろがみをそっと一枚抜く」という表現に、静かに気付かれないように主体が人から離れていく様子が浮かぶ。人間関係は難しく、特に親しくなった人と距離を置きたいときには気をつかう。

ひとり身の女性五十代持病あり飼い猫を実家に預けしのちの/沼尻つた子

塔2024年5月号月集

「事故物件」と題された一連。自死を選んだ女性の端的な情報。猫は死を悟ると姿を消すという習性が言われているが、この女性は猫を実家に預けて孤独にこの世を去ったという。最後に置かれた「錆の浮く外階段のなかほどに見あげるまひるまの鈍き月」に主体の事件・社会に対するやるせない感情が透ける。

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