【小説】カレーパンと獅子舞
「自分、カレーパン、獅子舞で食べるタイプ?」
爆音でシューベルトが鳴り響くフロア。湯気の立っているシャンパングラスの玉露を揺らしながら、ランドセルを背負った女が身を寄せて話しかけてきた。俺は、咥えていたおしゃぶりをカウンターに置いた。
「そうだね。茄子はベンチに塗ってるかな」
「え、煮干し出身?」
「パッキン」
「千五百年前に聞いたんだけどさ」
「パッキン」
「ンジャスピ!」
「木星元気?俺、キャリーケースは液体でいきたんだけど」
「わかる。力づくでレモったんだよ!」
「お待たせ!」
「はははは!」
「はははは!」
爆笑しながら、女が俺の顔をなでまわす。口、耳、鼻、目、くぼんでいるところに指を入れようとしてくる。
「パッキン!」
「パッキン!」
俺も楽しくて仕方がない。女の親指が俺の口の中にがっちり入り、中指と薬指が鼻の穴に突っ込まれた。
投げようとしている。
今日ほど首が取れなかったことを憎んだ日はない。
女は、首に噛みついたり、あごに暗証番号を入力したりしてなんとか首を外そうとするが、首は取れない。それでも、ひとしきりのチャレンジを尽くすと、満足したように手を顔から外した。カウンターにあった俺のおしゃぶり咥えて、耳元でささやいた。
「いい信号機を」
女はおしゃぶりを口から外して、クラムチャウダーの水割りの入った俺のグラスに落として去っていった。いい女だ。
「飲んでる?」
男が近づいてきた。
「このクラブすごいね。ヤバい女しかいないって聞いたんだけど、こんなにだとは思ってなかったよ」
「え、カレーパン、獅子舞で食べるタイプ?」
「は?」
「オッペルチャムニカ!」
「は?」
「オッペル、チャム、ニカ!」
「ああ、ごめんごめん、男もヤバいのかよ」
男が舌打ちをしながら去っていく。俺はグラスからおしゃぶりを取り出して咥え直す。その瞬間、音楽が止まって、その男以外全員の動きが止まる。銃声。男が倒れて、運ばれていった。またシューベルトが爆音で鳴りだす。
まったく。つまらない男だ。成立した会話をするなんてバカのやることだ。彼はこのあと首に注射を打たれて、永遠に声を発することができなくなるだろう。いいことだ。俺はこのあとEU相手に三千億円の訴訟の和解交渉に行くのだ。俺たちの短時間の休息の邪魔をする奴は、相応の報いを受けるだけのことだ。
そういえば、さっきのランドセルの女はEUの代理人だった。ここでのことは門外不出だ。最高の仕事のためには、最高の休息を取らなくてはならない。そのことをわかっている相手ということは、タフな仕事になりそうだ。
リコーダーをワイングラスに突き刺して持っている女が身を寄せてくる。
「自分、カレーパン、獅子舞で食べるタイプ?」
俺はおしゃぶりを口から外してカウンターに置いた。
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