塔2024年2月号気になった歌10首①
たくあんをポリポリと噛む音が子供の話の合いの手になっているという楽しい景。主体がとりとめのない話に若干飽きてきていて、気を紛らわせているような感じがおもしろい。カ行・タ行の音が踊る上の句としっとりとした下の句の韻律もいい。
同じ会社内での異動は、本人にとっては大きな変化があっても、名刺上は肩書の一部がちょっと変わるだけでもらった人からはその違いがわかりにくい場合が多い。その微妙な感じを「味噌ラーメン」と「塩ラーメン」で例えているのが絶妙。私たちラーメン大好き一族にとって味噌ラーメンと醬油ラーメンはなにもかも違う宇宙にあるものだが、一般の方からすると、ちょっと味が違うくらいの認識だろう。
名札をつけられて強調される巨石とその背景のように扱われている樹々の対比。注目を集めていない樹々の方がいきいきと存在しているような描写に、「庭園」という自然でありながら、人工物であるものの機微がある。
1首前に父が母を怒鳴る描写があり、主体は、「大きくて頼れて明るい」理想的な父親像を冷蔵庫に見て、泣いている。大きい、頼れる、明るい、優しいという平易な言葉の連なりから、結句の「泣く」へのつながりに万感がつまっていて切実。
コンビニのパンのバターを安っぽいと感じるのは、安いバターの味を知っているからこそ。ものに高い安いという価値観をラベリングしてしまった自分への屈折した思いが、結句の体言止めに吐き捨てられるように込められている。
旅行のためにパスポートを取りに行く一連。目的地へのルートが、地上からでも地下からでもいけるという事実を淡々と詠んでいることにおもしろみがある。句またがりになっている下の句のつんのめるようなリズムも、物語のはじまりのようなわくわく感がある。
室内の歯科医院で横になっている主体からは本物の空は見えず、この「青」は、治療に使う青いライトか歯科医の服が青いという景が浮かんだ。「せめてもの」は、歯医者でこれからつらい治療を受ける自分に、せめてもの優しさとしての空のイメージを持たせるような青が見えるという感覚を持った。
夜、寝る前にまどろんでいく感覚がカッコ内の脈絡のない単語の羅列にある。電車の音は確かだが、キツツキの「音」や波「間」の音は、必ずしも実感のあるものではないが、そのことがかえってまどろむ感覚をリアルに想起させる。
家の玄関の扉を閉めたときの外の世界と内の世界が遮断されるような感覚。主体は、寂しさを抱えているが、世界が遮断された瞬間、その感情も消えるよう。「寂しさが真空になる」という言葉が美しい。
初句切れと読んだ。てすりに落ちた雨粒が形を崩さないまま伝っている様子を見て、その雨粒のようにありのままでいよう、と感じている。無理になにかをしてもうまくいかないことも多い。がんばらないと前向きにあきらめることも重要。
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