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塔2024年5月号気になった歌10首⑦

「メモ帳に書いてみたら」と義母に言う十回以上の同じ問いのあと/奥山ひろ美

塔2024年5月号作品2

義母という微妙な距離感の相手に主体は気を使いながら応じている。何度も何度も同じことを聞かれて、うんざりしながらメモ帳に書くことを勧めているよう。「十回以上」という言葉に実感がある。

レシピには無き隠し味信州の唐辛子漬きざむパスタに/木下冨貴子

塔2024年5月号作品2

「きざむ」とあるので、野沢菜の唐辛子漬けだろうか。苦みと辛みを感じられ、コクのある味わいの効いたパスタは最高に旨そうだ。レシピどおりの味に好みをアクセントをつけて食べるのは、おうちごはんの醍醐味。

歯医者での治療の名残を舌先で味わいつつ行く冬の夕空/仲原佳

塔2024年5月号作品2

歯医者のあとの口のなかの微妙な違和感。きれいになった歯に自分のものではないような感じを舌先で感じながら冬の夕空のもと主体は行く。治療を終えて、さっぱりすっきりとしたようで爽やかな印象。

『アルマーニ』の隣は『すき家』の町に住み雪の予報は今日も外れて/田巻幸生

塔2024年5月号作品2

高級ファッションブランドのアルマーニの店と庶民的な価格で生活感あふれるすき家が隣に並んでいる町という印象的な光景。雪の予報が外れるという描写が重ねられて、ままならない日常が想像させられる。

茄子なすよ茄子そなたインド原産とは知らなんだぞえ糠床の茄子よ/王藤内雅子

塔2024年5月号作品2

大げさなせりふ回しがおもしろい。茄子がインド原産であるという驚きを茄子に話しかける主体の行動はユニーク。しかし、糠床の茄子も「俺、インド原産なんだぜ!」と応じるわけではなく、「お、おう…」と戸惑っている気がする。

きしきしと霜踏むあしたこの里のしじまにしんとの音みつる/若山雅代

塔2024年5月号作品2

繰り返される「し」の音が印象的。「し」の音は質的に大きな音になりにくいが、静寂の中で霜を踏む音が、その空間でその音だけが響くような情景が浮かぶ。

さめざめと泣きたいどんぶり一杯のところてんとかすすったりして/河上類

塔2024年5月号作品2

「さめざめと泣く」ことと「どんぶり一杯のところてんをすする」ことの取り合わせが面白い。泣いた涙がどんぶりにたまるようなイメージや透明なところてんに涙が凝固したようなイメージも浮かぶ。感情が大きく動いているとき、人は普通ではない行動をとってしまう。

CDかDVDが鳥避けに 怖いと思うことに意味はない/日下踏子

塔2024年5月号作品2

鳥避けとして光に反射してキラキラ光るCDやDVDをぶら下げる。CDやDVD自体が鳥に攻撃を加えることはなく、あくまで威嚇するだけであることを人間は知っている。下の句のドライな言いぶりには、「怖い」という感覚が必ずしも「危険」を意味しないという合理的な発想がある。

水の影の枝の汚れをすすぐごと水は流れて那珂川となる/西郷英治

塔2024年5月号作品2

きれいな歌。上流から下流に流れる水の流れが、枝の汚れをすすいでいくという描写に発見があった。「那珂川となる」に、それぞれ名もなき水の流れから名の付く川に「なる」というダイナミックなとらえかたも魅力的。

パフェの主役はさくらんぼ深刻な話をしているような時でも/杉田菜穂

塔2024年5月号作品2

喫茶店は、人間交差点。何の意味のない世間話から、久々の再会で盛り上がる話も、そして超深刻で重たい話も飛び交う。とにかく人を幸せにするというミッション一本でこの世に降臨しているパフェは深刻な話に似合わないが、どんな状況でも絶対主役を譲らないさくらんぼの存在が、みんな違って、みんなダメという気持ちにいざなってくれる。

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