塔2024年7月号気になった歌10首①
溶けたチーズをほおばっている至福の表情を、妖精と戦っている顔と表現しているのが、ユニークで実感がある。結句の「ひと」が、ひらがなになっているのも溶けてしまっているよう。妖精にはかなわない。
「うつくし」で切れると読んだ。洗濯物の畳み方が美しいということと政治がなだれゆく昼という繋がりに、緊張感がある。「なだれ(雪崩)ゆく」は、崩壊していくイメージ。丁寧で美しい生活を、どやどやとした政治が入り込んで壊しているような感じがした。
並んでいるペンギンの像に自分が並んで ペンギンの一味になったような楽しい歌。ペンギン村の住民というファンタジックな描写が楽しさを一層増している。「わたくし」という丁寧な一人称もおおげさな感じで楽しい。
主体は、紙エプロンをいらないのだけれど、それをそもそもいるかどうか聞かれなかったことで、自分の価値がそのお店で低くなっているように感じている。飲食店でほかの人と自分への接客が違うときのもやもやした感じに共感した。
就職祝いはめでたいこと。そのお祝いのイタリアンの美味しい料理よりも帰り道の少しマイナスなイメージのあるような湿度が印象に残ったという。就職は喜ばしいことだが、一方でこれからうまくやっていけるか、緊張やストレスも伴うもの。周りがはしゃいでいるのと対比的に主体には不安な気持ちがあるように感じた。
長い長い行列で待ちきれず、花見のために買った弁当を立ったまま食べてしまっている人の描写が面白い。「立ち喰い」の表記に野生味があって、どうしようもなくなって動物的になってしまっているよう。「ついに」言葉で時間の経過もよくわかる。
別れの場面だろうか。降るときの雪は、地面に向かってはらはらと降下する。そのことを比喩とする「急いで止めながら手を振った」という行動のは、一筋縄ではいかない感情が見え隠れする。
会社が休みの日は社員証を首から下げていないのは当たり前のことだが、社員証をつけていることがあまりに日常になっているいて、それがないことに違和感を感じている。仕事をしているフォルムが主体の自我の中で大きな存在になっていることに対して、主体自身の違和感も感じる。
早くに亡くなってしまった人を悼んでいる。「瞬きを細かく刻む」という特徴は、死期が早いか遅いかに因果関係を持たないが、急に亡くなってしまった人のことを思った時に、とても印象的な癖として思いだされたのだろう。「人でした」「思わなかった」という丁寧な文体が優しさと寂しさを兼ねている。
素晴らしいライフハック。確かに一日分の野菜ジュースを二本飲んだら、二日分の栄養が身体に溜まってより健康に過ごせそうだ。それを「濃度」として捉えているのがおもしろい。仕事や生活に気合を入れるために願掛けをするような主体の姿に共感した。
ちなみに私のライフハックは、勝負の日の朝食にカツサンドを食べるというものだが、勝負の日じゃない日なんかないという事実に直面して、デスクで毎朝食べていたら、「中森さん、また朝からカツサンド食べてるよ。病んでるんだね」と噂されてたので、ほどほどに。
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