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塔2023年12月号気になった歌10首⑩

乾麺がしだいに腰をなくしつつ熱湯に溺れていくのを見ている/吉田淳美

塔2023年12月号新樹集

「腰」の漢字表記がいい。固さや歯ごたえという意味では「コシ」とカタカナ表記するのが一般的だが、人間の身体の一部を指す漢字が当てられることで、下の句の「溺れる」の描写のイメージがリアルになる。

夫が行くハローワークの駐車場「介護士募集」の大きな看板/三好碧

塔2023年12月号新樹集

ハローワークは、仕事を探している人が集まる場所。そこで大きな看板を掲げて求人をする介護士はよほど人が足りない、もしくはすぐに辞めてしまうので代替人員が必要になっているのだろう。描写は中立的であるにもかかわらず、現代の日本社会の構造的な課題をあぶり出している。

叔父と姪のオセロは姪が圧倒的優勢で叔父の口笛はむ/花山多佳子

塔2023年12月号月集

余裕こいてた叔父が窮地に追い込まれている様子がコミカル。「叔父と姪のオセロは姪が圧倒的優勢で」が一直線に読めて、ピタッと止まり、「叔父の口笛は止む」が静かに響いてくるような韻律も味わいがある。

ひとは逝きわれはましろきとうもろこし茹でて短き昼餉を終える/前田康子

塔2023年12月号月集

亡くなってしまった人に思いを馳せながらも、生きてしまっている私たちは生きていかなくてはいけない。そして、生きるためには食べることが必要だ。真っ白いとうもろこしは、生気がないような色だが、確かな命の糧となる。

ロッカーへスーツケースを入れようと荒ぶる人の体当たり見る/相原かろ

塔2023年12月号月集

続く「体当たりしてまで入れたロッカーの中から取り出すところも見たし」と併せてグッとくる。公共の場で人の迷惑を顧みずに自分のエゴだけで動いている人の浅ましさ。客観的な描写に鋭い視点がある。

「塔」誌には四十首ほど猫の歌詠まれ毎月ノートに写す/青木朋子

塔2023年12月号月集

なんと雅な行為だろう!猫の歌をノートに写すという尊い儀式。これはもはや写経である。写せば写すほど徳が積まれる。

正当な休みをわれは取っている最中なのだと必死に思う/新井直子

塔2023年12月号月集

休暇の取得は労働者の正当な権利であり、パフォーマンスの高い仕事のためにも、長期休暇はしっかり休むことが重要だ。しかし、それをわかっていても、自分だけ休むときに同僚への申し訳なさが出てきてしまう。結句の「必死に思う」が文字通り切実。

洗濯物取りこまむとしてペキペキと灼けて折れゆく洗濯挟み/亀谷たま江

塔2023年12月号月集

長期間使用した洗濯ばさみは、壊れやすくなっていて、あるとき突然にプラスチック部分がぶっ壊れる。「ペキペキと灼けて折れゆく」の描写がリズミカルで写実的。

ラーメンに紅き生姜を少しづつのせて味はう隣りを真似て/松木乃り

塔2023年12月号月集

あまり食べなれていないものを食べるとき、食べ方に自信がなくて、しかし、店員に聞くのも気が引けて注意深く隣で食べている人の行動を観察して取り入れる。「味はう」とあることから、主体はラーメンに紅生姜を乗せて、新鮮な味を楽しんでいるのだろう。豚骨ラーメンだろうか。是非次の機会には、辛子高菜とのマリアージュをお楽しみいただきたい。

瓶のなか塩は斜めにしづまりて次のしづまるかたち待ちをり/𠮷澤ゆう子

塔2023年12月号月集

不思議な魅力を感じた歌。瓶の中で形を変え続ける塩。「しずまる」という表現がしっくりきて、天候によって雰囲気が変わる海や空のイメージに重なるよう。諸行無常は、生活のあらゆるところに存在している。

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