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君とタピオカ飲みに行きたかったなあ

とにかく認められたかった私がいて、とにかく何でも良いから見栄を張って体裁を保ちたかった君がいた。

私は自分がなくて、君は自信がなかった。行きたい場所も食べたいものもやりたいことも面白いくらいに全部惰性で、誰かの真似事ばかりで、時間を共有しているのに自分達のものにはできなくて、一緒にいても寂しい人間が二人存在していて、つまらなくて、でも離れられなくて一緒にいた。


どうして元カノの話するの。
どうして女の子と二人で遊ぶの。
どうして女の子部屋に上げるの。
どうしてほかの人に私と付き合ってることは言えないの。

言えなかった「どうして」はたくさんあったけれど、どれも言えずに飲み込んで、飲み込んだ分私は重く重くなって、口数の少ない不機嫌な彼女になった。自分の仕事に誇りがないところも、お金の管理も生活の管理もできないところも、見栄ばかり張るところも、口ばっかりで何も実行しないところも、嫌だと思っていた。きっと君は君で私の嫌なとこたくさん溜めていたのだろう。でも君が言えないこと、私に気を遣っていること、言いかけてやめたこと、気づいてはいたよ。


笑ってしまうほど生産性のない、自分のない「恋愛ごっこ」をしていた。それをよしとしてしまっていた。私にとっても君にとっても、一番大事なのは私でも君でもなかった。その頃、何も大事なものがなかった。何も大事にできなかった。「なんのために付き合ってるの」「どこが好きなの」と友達に聞かれても、分からない、でも、好きなの、と力なく笑うしかなかった。昼のデートはほとんどできなくて、夜ばかり会っていた。明るい日中に一緒に歩くことに、ありえないくらい慣れていなかった。


何でもない時間の共有が幸せなら、深夜に一緒にコンビニに行くことが絶好の幸せなんじゃないろうか。ダル着姿で歩く君の半歩後ろを追いかける私の半歩後ろを、夜に紛れた群青色の寂しさと切なさが追いかけてくる。君は機嫌よく酔っている時は手をつないでくれるけれど、そうじゃない日もある。今日はそうじゃない日だ。君がいとおしそうに撫でたあの子の髪は少し傷んでいたけれど、赤みがかったイマドキの可愛いカラーだったことを思い出していた。君と一緒に深夜に出歩けるのは本当ならば楽しいはずだ。それなのに、どうして私は泣きそうになっているのだろうか。本当はコンビニのメイク落としなんかに頼りたくない。いつもお風呂上がりに丁寧に行うスキンケアが、たった一日のこの夜のせいで台無しになってしまう。恋ってなんだろう。これこそが恋なのかな。分からなくて、むかついたけど、答えは出るはずもなかった。


ある日、別れよう、と、唐突に思った。このままじゃ誰も幸せになれない気がする。そうか、別れればいいのか。名案だった。これが君の部屋に来るのも最後だと悟った日、クレンジングオイルの入った小さいボトルは浴室の角に故意に配置された。私はもうやめる。こんな生活やめる。そうキッパリ捨て去りたかった気持ちと、この小さなボトルが他の女の子に見つかってしまえばいいのにという執念深く君の「何か」になることを諦められない気持ちとが渦巻いていた。


もう君に会わない。会うことはない。君の住む街を3年前に離れた。きっとこの先戻ることはない。

ありきたりでネットを探せばいくらでもあるような他人のデートを真似しただけの「自分達のものではないデート」をするくらいなら、君とタピオカ飲みに行けばよかったな。そしたらもっとしっくり来たかもしれない。流行りに乗って、乗っかって、とりあえず写真でもとって、タピオカ飲んで、相手のも一口もらって、タピオカの最後の一個までゆっくりゆっくり時間かけて飲み干してデートが終わって、そういうので良かったのかもな。回転しないお寿司を背伸びして食べたり、無理してワイン飲んだりしなくても別に良かったんだ。本当はタピオカ飲みたかった。クレープとか食べて、夜は牛丼屋とかうどん屋とかファミレスで、帰り道にコンビニでアイスとか缶チューハイを選べればそれだけで良かったんだ。無理に満たそうとして何一つ満たされなかった私と君がいて、それを無かったことにして平然と自分を生きる私がいる。君も、今どこかで君を生きていますように。もう二度と会うことはない、それでいいよね。それがいいよね。






ゆっくりしていってね