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短編小説「おデブ人狼」

「トーナメントを勝ち抜きし5人の大食いファイターの入場です!!」白タンクトップにカラフルな半ズボンを着たマッチョ男の司会が、白熱した会場をさらに盛り上げる。ギャルメイクを施した小柄な女性。力士並みに横幅の広い男性。身長190越え高身長の爽やか男。BIGポテチを食い歩くぽっちゃり女。トータルテンボス藤田と見紛うるアフロ髪の男。それぞれが魅力的な空気を放ち、横並びになった席についた。私は壇上からすぐそばの観客席に座り、彼らを見上げるかたちで観戦していた。タンクトップが司会を続ける。

「5名が出揃いました。それでは、ルール説明をいたします。この5名の中にひとりだけ、大食いファイターではない者が紛れています!化けているものですから狼とでも呼びましょう。オオカミには人間離れした異能力『他人の胃袋使い』が与えられています。これから始まる3回戦にわたるフードファイトを通して、観客席にいるあなたに、誰が狼なのかを見破って欲しいのです。フードファイターに課された条件は食べ切ること。難しいことは考えず、誰よりも多く食べることを目指せば良いのです。そして狼の勝利条件は、狼であることをバレずに食べ切ること。観客席にいるあなたには、3回戦に渡るフードファイトが終わるまでに、誰が狼なのかを言い当てることが求められます!さぁ『おデブ人狼』の開幕です!」屈強な男たちの重い歓声が後頭部に響いた。

「選手1人ずつに意気込みを聞いていきましょう!」タンクトップはアフロの方へ向かった。「では意気込みをお願いします」マイクを受け取ったアフロは話し始める。「はい、俺は、お前らが狼を当ててくれるのを信じて、ただ食いまくります」ウォーっ!と再び歓声が鳴った。アフロは隣の席のBIGポテチにマイクを回す。

「続いて、お願いします」左腕にポテチを挟んだまま話し始める。「よくわかんないけどー、狼は何しにこの大会に出たの?自分が食べてるのにお腹いっぱいになれないなんて、ちょー不幸じゃん!うちは歩けなくなるまで食べて、お腹いっぱいにして帰ります!」歓声が響く。ポテチは高身長にマイクを渡す。

「プロの大食いファイターとして、この場にいます。異能力とはつまり、容量無限の胃袋を持っていると言うこと。手強い相手です。しかし、満腹にならないことから来る特有の違和感というものも生じるはずです。観客席にいる皆さんなら、必ず見破れると信じています。結局のところ、一番食べれてない奴が狼ということになるんじゃないすかね」高身長は力士にマイクを渡す。

「たらふく食べます」力士はギャルにマイクを渡す。

「狼は演技ができるものにしか務まらないと思ってます。あえてお腹いっぱいなフリをしたりもすると思います。注意深く観察してくれることを願います。」真剣な面持ちをしたギャルは、机の端にマイクを置いた。

各々の所信表明を終え、緊迫した空気があたりに流れた。陽気なBGMが響き、料理が運ばれてくる合図を告げる。狐の仮面を被ったバニーガールたちが、選手の前にクローシュの被さった大皿を次々に運んでいく。「一回戦は総重量2.5キロ、超特大トマホークステーキだーっ!」運び終えたバニーガールは司会の合図とともにクローシュを取った。

ジューという食欲のそそられる音の中から、香ばしい肉の匂いをまとった煙が立ち込める。煙が天高く空へと消えてゆき、アツアツの鉄板で踊る3枚の巨大トマホークステーキが姿を表した。肉の肌にスッとナイフを入れると肉汁が溢れ出て、宝石のように輝く赤み肉が姿を現し私たちの心を掴んで離さなかった。「時間は無制限!食って食って食いまくれぇえ!!」試合開始の銅羅が鳴り響いた。

最前列にいる私は注意深く彼らの表情、仕草を観察することができた。5人中4人がアマチュアだといえ、予選を上がってきた猛者の食べっぷりは見ていて爽快だった。高身長の男はプロなだけに戦略家で、食べやすくするために試合開始からしばらくの間は肉を食べずにナイフを動かし続けた。ぽっちゃり女は一口のサイズがどデカく、咀嚼のスピードも早い。しかし幸せの余韻が長い。一口食べ終えると決まってナイフとフォークを机上に置き、こちらに見せびらかすように数秒真正面を向いて笑顔のままアピールした。


観客席の各所から奇妙なざわめきが聞こえる。「俺もきたぞ!」「うわ、きたきた!」「異物感〜」どうやら人狼は序盤から『異能力』を発動させているようだ。なるほど、狼は観客全員の胃を自分のものとして使えるわけか。じぶんの胃が勝手に使われるとはどんな感覚なんだろう。いくらフードファイターの胃袋が常人より大きいといえど、100人を超える観客の胃を連結させることの出来る狼には勝ってこない。はやく狼を見つけなきゃ、時間が勝負だ。私はいっそう神経を研ぎ澄ませた。観客のざわめきが生じた時、5人のうち誰が肉を口に入れたかを結びつけるようにして観察した。

試合終盤。選手が大方の肉を食べ終え、アツアツの鉄板が冷めてきた頃のこと。観客の心には一縷の共通するモヤモヤが広がっていた。人狼、当てられ無くね?謎を解く足がかりがどこにも見当たらない。注意深く彼らの動きを追っていたつもりだ。食べ方の癖、胃に溜まっていくことから生じるスピードの変化、しかしどこを切り取っても不自然な様が誰からも感じられない。私はギャルの所信表明を思い出した。無限の戦闘力を持つ狼であれば、まわりの選手に合わせ、くるしい顔を演ずることなど造作もないのではないか。であれば、外見から狼とフードファイターを見分ける方法などないのではないか。

試合後のインタビューでギャルはこう語っている。「まさかあんな結末になるとは。ふぅ。まあ何にしても、人狼が明らかになったという点においては私たちの勝ちと言って良いでしょう」勝利を手にしたフードファイターのギャルの目には、うっすら涙が浮かんでいた。

「2回戦わぁー、バナナ50本の大食いダァ!!」2.5キロの肉塊を難なく胃に入れたフードファイターたちは、タンクトップの合図で次の大食いへ駒を進める。竹製の大きなざるに山盛りになったバナナが選手の前に運ばれた。「食って食って、食いまくれえ!!」再び銅羅が激しく鳴った。謎が解けずに不満ばかりが募る観客たちの空気は、熱気に満ちていた当初と比べ暗くなっていた。

淡々とバナナを口に運ぶ選手たち。一回戦より全体的なスピードは劣るが、咀嚼のための顎の筋肉をあまり必要としないから、口に入れて飲み込むまでがはやい。戦略家な高身長は先に全ての皮を剥いてしまうのかと期待したが、考える余裕が無かったのか一本ずつ手に取りセオリーな手順で食べ進めた。ぽっちゃりはひと口バナナを頬張ると、目を細めた可愛らしい笑顔を見せ観客を惹きつけた。5人全員が揃ってスピードを落としているので、観客は誰が狼なのか依然として当てられない。

こんなの当てられるのか?例えば、少食な友達が目の前でトマホークステーキ2.5キロを完食したと言うのなら、こいつぁ『異能力』を使っているなと推論を立てることができる。しかし、通常の食べる量を知らない赤の他人がどれだけ食えるかを見せられたところで、見破る術などどこにもないんじゃないのか?

「さあここまで総重量8キロ越えのフードファイトを繰り広げてきたわけですが、いよいよ最終ラウンドに入ります」BGMが変わり緊迫した雰囲気を纏うタンクトップ。「第3ラウンドはこれだ!500ml缶スプライト3本早飲みぃい!!」選手の前に3本のスプライトが運ばれた。_え?

肉をたらふく食った後のバナナでさえキツいのに、バナナの後に炭酸のスプライト?

「1回戦2回戦と制限時間は設けませんでしたが、最後はやはり大食い勝負の醍醐味、競争をしようじゃありませんか!!量にして1.5L、決着は10分とせずについてしまうでしょう。選手の皆さん準備はいいですか?」流石に腹が膨れてきて、テンションが抑えられている。「では参りましょう。飲んで飲んで、のみまくれぇえー!!」今日イチ大きな銅鑼の音が響いた。

決着はすぐについた。

缶をプシュっと開け、素早く口に運ぶ。2,3回スプライトが喉を通った刹那、一糸乱れぬタイミングで4人の手が止まった。缶を机にゆっくりと置き、虚空を見つめる彼らの表情。一点をただ凝視し、何かを待っているようにも見える。そして数秒後、それは訪れた。固体とも呼べるドロドロの液体が、彼らの胃のなかから流れ出てくる。食道を通り喉元を通過し、そして一斉にゲロが吐き出された。ただ1人を残し、彼ら4人は机に顔を突っ伏してしまった。観客の中にも突然ゲロを吐き、周りの観客に看護されている者が幾人かいる。

ぽっちゃり女は相変わらず観客に笑顔を振り撒いている。周囲に気が向いていない。缶を握りもう一口いこうとしたところで、机上に広がるゲロとその4人が彼女の目に映った。焦った様子の彼女はなぜだか、ギアを急速に上げてスプライトを飲み出した。まさか。当てられる前に試合を終える気か?さっきまでの胃に溜まってきたといわん彼女の表情も、観客に振り撒く笑顔も、全部ブラフだったのか!鬼の形相のような表情で、目が血走っている。残りのスプライトは2本。そのうちの一本はもう飲み切ろうとしている。人狼が誰なのか明らかになり、解答権を得ようと観客たちは司会のタンクトップに呼びかける。「おや、観客たちの意見がまとまったようですね!では誰が人狼なのか一斉に答えていただきましょう!」タンクトップが音頭をとる。ぽっちゃりは最後の一本に着手する。プシュ。「せーのっ!!」


『おデブ人狼』これにて閉幕。


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