#103 引越しの挨拶

マンションの郵便ポストに封のされていない封筒が入っていた。中を見てみると、二つ折りにされた小さな便箋とそれに挟まれていた千円分のギフト券1枚だった。

差出人は先日隣に引越してきた二人からで、別の苗字が並んでいた。そこには、はじめましての挨拶と「このご時世ですので、直接のご挨拶は控えさせていただきます」とある。なるほど、僕らが留守だったからではなく、対面での挨拶はしない代わりに手紙をくれたのだ。

マンションの隣の部屋は新築当初は購入者が暮らしていたらしいが、手狭になったのかそこから引越して、その後は賃貸にしているのだ。これまでの入居者は知らないが、先日まで暮らしていた人(たち?)は入居も退去も挨拶がなかった。今どきはそんなものかも知れない。僕も過去を思い返してみると、新築に入居したとき以外に挨拶をしたことはほとんどない。そう思うと、隣に引越してきた二人はとても丁寧だ。

さて、ここで気になったところが3つある。
まず、この二人は友人同士なのか、別姓の夫婦なのか、はたまた同姓パートナーの二人なのか。それは廊下で会うまでの楽しみにしておこう。
次に、直接の挨拶を控えた理由の「このご時世」とは何を指しているのだろうか。コロナ禍だったらしっくりくるが、制限がなくなって1年が過ぎ、さすがに対面を避けるほどではない気がする。そこで思い出したのが、少し前に何度か報道のあったマンション強盗だ。確か、配達員を装ってドアを開けさせ、侵入したのである。オートロックの集合住宅だとエントランスのチャイムと住戸ドアのチャイムの2つがあるが、住戸ドアには覗き穴がないことも多く、その場合はドアを開けないと相手が見えない。ともすると、住戸ドアのチャイムが鳴った時は不安になる。僕も以前のアパートでは、住戸ドアのチャイムが鳴っても出なかった。それを察しての「このご時世」としたのならば、とても細やかな配慮をしてくれたと思う。
そして最後に、ギフト券は適切なのだろうか。今どきタオルは古い気がするが、ほぼ現金のようなギフト券となると、千円とはいえお返しをしなければと思ってしまう。引越しの挨拶についてググってみたが、意外やギフト券も代表的なものになっていた。そしてお返しは不要だと。まあ、使わないものや、食べ物をポストに入れるよりはギフト券やQUOカードのような現金に近いものの方が合理的なのかもしれない。

この時代でも、丁寧に名前を名乗ってご挨拶をいただいたので、僕らも返事を出すことにした。もちろん連名だ。特に近所付き合いを求めるような内容にはせず、「廊下などでお会いすることがあれば、ご挨拶させてください」と、短い挨拶文にした。


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