#125 僕を忘れる前に

母が僕を忘れようとしている。

コロナ禍に入る前は1〜2ヶ月に一度くらいにランチがてら母と出かけることがあった。実家の最寄りの駅だったり、京浜東北線沿線の有楽町や品川、大井町に出かけることもあった。社会人になってからも時々会っていたが、10年くらい前からは元気なうちにと頻繁になってきていた。

母が自身で認知症を疑い始めたのはコロナ禍に入ってしばらく合わなくなっていた2021年のことだった。本人の口からは認知症という言葉は出てこなかったが、お金の管理が不安になってきたという相談がきっかけだった。話を聞いていると、それは軽い物忘れというより深刻な状況で、直感的に認知症の予感がした。最初は、父にお金の管理を任せてしまうと株を好きなだけ買ってしまったり、他に女を作って逃げてしまうのではないかと、少し飛躍した心配をしており、僕に関与してほしいという希望だった。そこで、父と姉を含めた家族会議を開き、家族信託という方法で母名義の口座を父や子どもたちが管理できる仕組みを構築した。その後は、父が想像以上にしっかりとお金を管理しており、他に女をつくって逃げてしまう危険も全く感じない。

それから、母は病院で認知症の診察を受けるようになり、セカンドオピニオンもしつつ最終的には認知症の診断が下り、昨年、要介護認定を受けることになった。その辺りから、母と二人で出かけることもなくなり、代わりに、実家へ顔を出し、デイサービスへ通うように進めたり、父の不満(母の介護)を聞いたりするようになっていった。最近は週に二度のデイサービスに通うようになったが、性格はすっかり捻くれてしまい、みるみる顔つきが変わってきていた。母が僕を忘れてしまうのも時間の問題で、以前のようにおしゃべりを楽しむことができるのは今のうちかもしれないと思い、先日、母を連れ出して二人でランチをしたのだ。母との会話では天気のことや今食べているものの話題はできるが、それ以外のことには反応が薄い。それでも僕の名前を呼ぶので、自分の息子と認識しているのだろう。

あと何回、息子として母と会話をすることができるのだろうか。
僕を忘れる前に、少しでも母と会話をしたい。

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