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大川原脩平「ふかふかの荒波に揺られて」(滞在2日目)

▼ヨガをしたい朝

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ホテルで目が覚める。日課のヨガをしたいが、スペースがないのでふかふかのベッドの上でなんとなくやった気になる。ワーケーションにヨガは馴染まないのかもしれない。いや、あるいはまだワーケーションのなんたるかをわかっていないのか。昨日は丸一日じゅう「ちょっとありえないほどの強風」で、意図せずレアな沼津を体験してしまった。今日こそは平時の沼津であろう。歩きやすいに越したことはないし、さむいよりは暖かいほうがいい。当たり前の発言を繰り返しながら字数を稼ぎ、人生の豊かさを感じる。今日も絶好調です。

▼すべてバレている

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昼ごろ、辻村さんにおすすめされていた「しまコーヒー」さんにお邪魔する(※後で見返してびっくりした。正しくは「すまコーヒー」さんです。昨日出会ったしまやんのせいだ。)ネルドリップは管理がめちゃくちゃ面倒くさいので出しているお店は問答無用で尊敬する。コーヒーを半分啜ったところで、なにも素性を明かしていないのに店主から「仮面(の人)ですか………?」といわれて本当に驚いた。昨日の今日ですべての情報が地元に筒抜けになっている。伝達速度が尋常じゃない。何かがおかしい。あらゆるものに監視されている。疑心暗鬼になった私は、そのまままっすぐホテルに戻り引きこもることにした。もう沼津は信用できない。私の行動は街中の監視カメラによって一挙手一投足何者かに見られ、洋服には盗聴器が取り付けられており迂闊に言葉も発することができない。この原稿さえ、アーツカウンシルしずおかの手の上だ。私の両手は自主的にタイピングしているようでいて、その実、強大な権力を持った黒づくめの組織によって操作されている。脳には寝ている間にマイクロチップが埋め込まれて、思考は逐一どこかへ送信されているはずだ。沼津に降り立ったその時から私に自由はない。自由になれるのは、本を読んでいる間だけだ。本の中の世界にはマイクロチップの電波も届かないのだ。なんて都合のいい設定だ。

▼『何もしない』を読む

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今回の旅のうちに読もうと思っていた本がある。ジェニー・オデル『何もしない』そう、私は基本的に何もしないし、何もできない。そうした事実を再確認する。これこそが今回の旅の目標だ。小洒落たカフェで気取って読むつもりが、お昼ごはんを食べたら眠くなってしまったのでベッドに横になり、船を漕ぎつつ読み進める。これが駿河湾の荒波だ。ふかふかで気持ちいい。ブラックアウト。5ページくらいしか読んでない。読書は自由だし、旅もそうだ。歩けばそこに道は続くだろうが、寝ればシャツは皺だらけになり、なんとなく冴えない頭で顔を洗うことになる。今日は『何もしない』を読むまでもなく何もしていない。そんな私はバケーションを謳歌していてすごくえらい。ぜんぶアーツカウンシルの目論見通りだ。知らんけど。

▼水面に映るおじさんは安全なおじさん

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夕ごろ、旅の受け入れホストである「日の出企画」の山田知弘さんと会う約束になっていたので、台湾のような街並みのアーケードを抜けて山田さんの秘密基地に来た。山田さんはごくごくまともに仕事上のまちづくりを行なっている人だなという印象だ。ビジネスというものの継続性を信じている。同じ枠で滞在している澤隆志さん、千葉尋さんとも合流する。廃墟の如き階段を登った先、ランプの照明ひとつに大人が4人で悪の組織みたいだ。きっとそうとうささやかな悪事しか働けないタイプの秘密結社だ(実家のリモコンの電池を抜いたりする)。しかし実のところ全員が初対面。必然的に初対面の人同士のぬるっとした雑談が発生した。私は何もしないぞという決意を新たに、雰囲気で相槌を打ったり、適当に自分の顔をかぶせてお茶を濁した。みんながいい人すぎて眩しい。眩しさに目がやられたので、私はもう美しいものを見ることが叶わないだろう。駿河湾を覗き込んでも何も見えないから、ナルキッソスの如く死んでしまう危険はない。仮に見えたとしても、知ったおじさんが映っているだけだし、同じ顔は持ち歩くほど持ってるからまあきっと大丈夫だ。なんの話だ。

▼チェーン店のレバ串がおいしかった

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ともあれ、何もしないができたかどうか。できていてもいなくても、無為なことに変わりはない。無為なことをすればこそ、わざわざ遠出をしている甲斐があるというものだ。生産性の呪いに囚われることのないよう、細心の注意で散歩を続けたい。明日からは三島を歩く。

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