見出し画像

冬木 遼太郎「滞在のまとめ」


現在、日本中で地域芸術祭や短期型のアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)は勃発している。越後妻有瀬戸内の成功例から、我も我もと各地域が新たなプログラムを打ち出している。それは、文化に触れる機会を創出する、という側面も勿論あるが、それだけでは同時多発的にそういった文化プログラムが開催されている今日の状況説明にはならない。ようは政策手段のひとつとしてアートが選択されているのであり、なぜならそれは他の政策よりも“コスパが良い”からである。

経済的に地域を活性化させるという目的をどこに投資して行うか、というときに、アーティストやキュレーター、ファシリテーター、デザイナー等による芸術祭やまちづくりは大変効率的である。例えば、文化の活動拠点となる建物自体を建てる、あるいはそれを維持していく費用は膨大であり、しかも結果的にどこまで人を集める効果があるのか、いつ黒字となるのか、といった不確定要素は尽きない。あるいは、企業や大学を誘致し、地域の産業と雇用を生み出し人を呼ぶという選択には、莫大な費用と長期的な計画が必要不可欠である。それらと比較したとき、そういった芸術祭やAIR、アイデアを伴ったまちづくり等は、遥かにお金がかからず、短期で素早く実行できる。私たちは行政にとっておトクな存在なのだ。本来、負担しなければならない膨大な費用を、自分たちでは思いつかないアイデアとやる気、コミュニティという人間同士の結びつきの力などによって肩代わりしてくれるのだから。しかも魅力的なデザインや、期待をそそるキャッチコピーを伴って宣伝までしてくれる。アーティストやまちづくりデザイナー、地域ファシリテーターetcという存在は、行政にとって大変ありがたいのだ。

先行する芸術祭やまちづくりの成功がそれを気づかせ、財政に難を抱えた多くの地域がその希少な成功例に続けと模倣し、現在の状況に至る。そして、私のような一介のアーティストがその状況に気づいているのだから、この方法は確実に行き止まりに近づきつつある。

地域に内包されているまだ発見されていない魅力的な要素を、アーティスト等の独自の視点で視覚化・表面化させ発信する、というアプローチを取っている点においては、このアートワーケーションという企画もその側面は免れないし、わかっていながら参加している私も完全に片棒を担いでいる。  ただ、今回のこの試みは、具体的な成果物や明確な着地点を求めていない。観光につながる経済的成功をゴールに設定しておらず、その手前のリサーチ段階で終わるかたちであり、私がこの企画に関わろうと思ったのも、その手前の段階に身を置いてみて、実地の中で改めて地域や芸術について考えてみたかったからである。


-

この一週間、焼津という地域に滞在し、色々な人の話を聞き、様々な活動や取り組みを見た。心がけたのは、できる限り違う立場の人と出会う機会をもつこと、である。今回焼津においてホストとして出迎えてくれたのは、一般社団法人トリナスさんと、その代表の土肥さんだった。主にトリナスは「みんなの図書館 さんかく」をその活動の中心にしている。焼津駅前商店街の一角を拠点として、そこを人が集まる場にすること、ひいてはそこで人同士のつながりを生んでいくことが目的である(トリナスの試みについてはこちら)。整理するために当たり前のことから書くと、前提として焼津のすべての人が、そのトリナスの取り組みを知ってるわけではないし、どちらかというと反対している人や興味がない人たちもいる。トリナスや土肥さんという入り口では、そういった別の立場の人には会うのは難しく、意見としても偏りが発生する。焼津全体を知っていくためには、様々な導入角から侵入していく必要がある。

また、侵入する私自身がニュートラルな立場であるかというと、そうではない。そこにもまたバイアスが存在している。つまり、私は一週間旅人として焼津にいる、いわば留まるのではなく、通過する存在である。実際、通過する存在である私は、同じく通過するかたちで、ある一定の期間のみ焼津にいる人たちと出会うことが多かった。漁業の盛んな時期に出稼ぎに来た人、出張に来ているサラリーマン、小旅行で訪れた人、特定のコミュニティに属さずふらっと飲み歩いているおじさんなど、行動パターンが近い人たちと出会う機会が必然的に増えた。が、例えばJR焼津駅は、静岡の中心である静岡駅まで3駅10分ほどの距離であり、多くの人がベッドタウンとしてこの焼津に住んでいるはずである。逆にこの一週間という期間では、そういった立地条件が理由で焼津に住んでいる人と出会い、話を聞く機会をつくることは難しかった。

-


転機だと感じたのは、滞在4日目にスープ屋「Hygge(ヒュゲ)」を営まれている吉田さんとお話をしたことだった(吉田さんとの詳しい出会いは4日目の日誌へ)。吉田さんの活動は、集団において一人ひとりが、できる限り本人の意志のもとに同じ空間にいることを良しとしている(と思う)。それはあるひとつの方向性を持った目的を共有するのではなく、別々の目的によって複数人がそこにいるような状態である。特別学級の支援などの経験をされ、教育する/されるという関係の中にある政治性を実感された吉田さんであるからこそ、そういった集団のあり方を目指されているのだろう。何をせずとも過ごしていると人はお腹が減る、だからスープを出す、スープは噛まなくていいから誰もが食べられる。その場所で時間をすごしたいという人であれば、誰でもそこにいることができる、ミニマルなアプローチであると思う。

その対極にあるのが日本全国で行われている祭りであり、焼津もその例外ではない。祭りは1つの目的、同じ経験を集団で共有し、地方では今もなお共同体形成のためのイベントとして機能していることは、バーで出会った若者たちの荒祭りに対する熱量からも肌感を伴って感じられた。社会には、吉田さんのような取り組みと荒祭りの両方が必要なのだろう。

しかし、吉田さんの考えている人の集まりとは違い、祭り型の共同体形成には、どうしても人同士のパワーバランスの偏りが発生しやすい傾向がある。例えば、新たに参加する若者よりも、祭りの順序や仕来りに慣れたベテランのおじさんの方が発言権があるだろう。もしくは祭りにノレない人たちに関しては、それ以前に蚊帳の外になってしまう。しかし、市中を練り歩くことで否応なしに巻き込まれてしまう。重ねて言うなら、ホモソーシャル的伝統を引きづっているケースも多い。全体という言葉が、本当に全ての人に当てはまるということはあり得ない。これまではそういった共同体形成の方法も集団づくりに大きく関係してきたのだが、そもそもの“すべての人に”という対象の設定とそのシステムは今日的なのか、そこについては話され考える必要性があるだろう。全体という設定値を再考する時期に来ているのかもしれない。(その最たるものとして、オリンピックという幻想が有効でないことは既に露呈している。)

-

そういった場における態度、あるいはどういった集団を志向しているかという理念(つまりは政治的態度)のもとに芸術活動を行なっているアーティストは、これまでも現在もたくさんいる。そもそも大前提、アートは政治闘争であるという側面は免れないし、PCをクリアする姿勢はこれまで以上に求められている(それが過度に内面化するなど、作品制作におけるその影響はよく話されるべきでもあるがここでは割愛)。

ただし、そういった政治的信条を示すことが、作品においてプライオリティーの最上位にくることを、私個人の活動・制作態度としては避けたい。例えば、全体をまとめようとする意志は、地域・土着・同じ言語コミュニティといった枠組みにどうしても結びつきがちである。表象しているものは数あれど、そのポテンシャル自体はそもそもの大地にあるとして、そこに集約されてしまう。そうなると結論は既に存在していて、個々の作品を見て、その中身について話すことは形骸化してしまうことになる。その構造では、美的観点について語りにくく短絡的な結論に至ってしまうのだ。アーティストである私は、そういった個々の表象が収斂されていく方向に違和感を感じている。

今回このアートワーケーションという企画趣旨の文言の中に、“未来”という言葉が使われている。未来を創出するためには、すでによく知られている歴史観や社会通念の強化であってはいけない。かといってプロジェクトの短期的成功は、日本における芸術祭の利用と同じ道筋を辿ってしまうだろう。地道ではあるが、理念が前提として存在しつつも新たな価値観を提示するという“更新”の方法が、結局有効なのではないかと現時点の私は考えている。この中途半端で漠然とした結論でしか締めくくれないことに不甲斐なさを感じるが、早急な結論など出せない問題であるのは自明のことである。

-

このまとめを、これまでの日々の日誌と併せて読んで頂けるなら、焼津という街のなかに考えの異なる人々、複数のグループが存在していることは理解していただけると思う。現在の焼津には、どんな人たちが住んでいたり、働いたりすることなどでその場に関係しているのか、少しでも分かることの助けができていたのなら幸いである。

今回の旅を通して、私のような何処の馬の骨ともわからないものに貴重な時間を割いて会い、話をしてくださった焼津の皆さんには本当に感謝しかない。また、ホストとして迎えてくれた土肥さん、快くアテンドしてくれたぎんちゃんとみきとさんにも、この場を借りて改めてお礼を言いたい。そして、同じ期間に旅人として行動を共にすることが多かった、カトウ マキさんにも大いに助けられた。カトウさんが自分にはない視点で質問してくれることで、より深掘りすることができたり、車中や道すがらに直前のできごとについて話しながら反芻できたことは、とても有難かった。

最後に、この旅のなかで出会った人との対話が盛り上がるほど、必然的にその内容は深く際どいものになっていった。プライベートに踏み込んだり、大っぴらにはできない情報の割合は自ずと増えた。あるいは、半日や数時間であっても時間をともにすることで、共通の何かがあるから伝わる、理解し合えることがたくさんあった。しかし、noteという誰もが目に触れることができるオープンな環境では、それらが誤解を生んでしまう可能性は往々にしてある。何より私自身が、文章として不特定多数に共有する行為と、その思い出や出来事を大切に感じる気持ちに矛盾を抱くことが多々あった。そして、おそらくこれは私だけでなく、今回のワーケーションの旅人の多くが実感したことだろう。
そういった意味では、それぞれの旅人に起こった本当に大切なできごとは、このnoteの滞在日誌には書かれていない、と思って読んでもらうのが、良い読み方ではないかと思っている。


冬木遼太郎

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?