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清水玲「仕合わせる」(5日目)

滞在も5日目になるとだいぶ街にも慣れ、観光客から生活者の視点に移行していくような実感がわいてくる。ケビン・リンチの『都市のイメージ』にあるようなパス(道・通り)、エッジ(縁・境界)、ディストリクト(地域・特徴ある領域)、ノード(結節点・パスの集合)、ランドマーク(目印・焦点)がつながりはじめ、視覚情報として頼りにしていた地図が身体化してくる。そういうちょうど街に慣れてきたタイミングで家族と合流することで、単身滞在だった前半の非日常的な旅から一気に日常的な生活に引き寄せられる。空から俯瞰していた鳥が地上に急降下するように。

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お昼前に妻が合流し、家族がそろう。その足で蕎麦処 誇宇耶(こうや)へ。昨年11月に先陣を切って滞在されていた内田涼さんのMAW旅人日録でも紹介されているこのお店は、今まで2、3度来たことがあって、蕎麦が美味しい上に子連れにも優しく入りやすい。

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食事のあとは稲取龍宮岬公園へ。公園内には遊具のある広場や、灯台があり伊豆大島を一望できる展望台、築城石でつくられた鳥羽一郎「愛恋岬」の歌碑、巨大な男性器を模した御神体が祀られているどんつく神社がある。

「どんつく祭」は、夫婦和合、子孫繁栄、無病息災を神に祈願し、この御神体を陰の神社(女神社)に「どん!」と突いて和合するまでの催しで、毎年6月に開催されていたが参加者の減少やイベントの担い手減少、御神体の特徴から来るクレーム、宣伝広告などが行いづらい課題もあって数年前から休止することになったという。

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御神体の特徴からくるクレーム、というのは今の時代をよくあらわしているが、一歩踏み込んで日本列島の原信仰としてみてみると、また違った状況がみえてくる。

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男根神を仰ぐ、というのはヒンドゥー教のシヴァ神の御神体リンガを想起させられる。シヴァ神は災害と恩恵を同時にもたらす破壊神で、台風などによる洪水は災害であると同時にその土地に水と肥沃をもたらす、といった二面性をもち、古来日本の五穀豊穣と子宝信仰の共通性としての性交信仰に通じている。

日本各地に伝わる山岳信仰と関係深い修験道の起源はこのような性に対する信仰とも関連しており、陰陽修験道師たちによって全国に広まり、神道と合わさって人身御供の儀式や男根神を祀る神社がつくられるようになったという話を聞いたことがある。

伊豆半島には、総延長400kmにも及ぶ修験の行場として巡礼路がある。海岸線をまわる伊豆辺路(いずへじ)と山あいを縦走する伊豆峯路(いずみねじ)は、信仰の山としての富士山とも深い関係を持ち、日本を代表する巡礼路だったが、明治時代の廃仏毀釈などで衰退し、いまではわずかに痕跡を留めるだけになっている。

これらを俯瞰し繋げて深堀りしていけば、火山噴火と地形、地形と地理、人間の営みの変遷との関係性が立体的な風景として見えてくるかもしれない。

子どもたちを遊具のある公園につれてきたことがきっかけで、一昨年から取り組んでいる伊豆半島での作品制作のためのリサーチが、今回の稲取でのMAW滞在と「どんつく」し、新たな可能性を感じることができた。

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夕方、宿に戻って夕食の準備。実は今日、妻の誕生日で入籍記念日。前もって予約していた地元の洋菓子店「パティスリーカルフール」で誕生日ケーキ、片瀬にある「フラワーショップ花いち」でブーケ、同じく片瀬にある「うな瀬」で自魚寿司とうな重を受け取り、錆御納戸でお祝い。もちろんこれらは今回の滞在のホストである荒武さんや藤田さんから勧めてもらったお店だ。

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食事もすんで落ち着いたころ、タイミングよく街なかで花火があがる。冬のこの時期に打ち上げ花火。昨年夏に打ち上げられる予定だった花火大会の日程が緊急事態宣言発令のため中止になり、その代替日程のうちのひとつが今日と重なる。偶然や縁がめぐりあわさる、マイクロアートワーケーション冥利に尽きる仕合わせな一日だった。

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