見出し画像

幻想小説 幻視世界の天使たち 第9話 

「あくまでも、謎解きの主体はあなたです。そして……」
ボイドは続けた。
「謎解きが完成した時の賞金百万ドルもすべてあなたのものですよ。ファルコン」
それを聞いてユースフは、安堵で口元をほころばせ、ボイドの前では言うまいと思っていた言葉がつい出てしまった。
「ああ、よかった。これでジンに治療を受けさせることが出来る」
ボイドはそれを聞いて静かに頷いた。
「それでは、おっつけピジョンから連絡をしてもらいます。しばしお待ち願いたい。なに、優秀なアシスタントが付けばこの研究もすぐに成果がでますよ、元気を出してファルコン、いや教授」
ユースフはピクリとも動かなくなった実験チューブの解体を始めたワン博士と学生たちのほうをぼうっと眺めた。

篠原ミカは通っている鎌倉大学の学生用のカフェテリアで、同じ学年で鎌倉研究会でのサークル仲間の北悟志と話し込んでいた。鎌倉の高台にあるこの大学は緑の濃い木々に囲まれた落ち着いたキャンパスを持っている。鎌倉研究会は大学のある鎌倉の歴史の研究を行うという名目で設立されたが、実際の活動内容はサークルのメンバーで鎌倉の寺社を訪ねて歩くというものであった。どちらか言えばハイキングがてら写真撮影などを楽しむと言ったゆるい性格のものであったが、メンバーの中には鎌倉の持つ精神性を突き止めると言った硬派なテーマを持って入会しているものもあった。篠原ミカや北悟志もそのようなメンバーと言えた。
「北。これどう考える?」ミカは北悟志にこの二日ほどかけて作った「元寇の嵐はいかにして収まったか(ドラフト)」と題が書いてあるA4で数ページの横書きのプレゼン資料を見せた。北は目をぱちくりさせた。ミカは史学科の所属であり、日本の哲学に興味があるという。そんな地味なことに興味を持っている割には、彼女は発想力が豊かで、化学学科という地道な学問をやっている北にはついて行けないところがある。サークルの活動の企画について、副代表のミカの片腕と呼ばれる自分には何かと相談があるが、どう反応して良いか分からない時がある。
北はミカの相談の内容そのものよりも、まずいったいそれが何のことなのか聞きたいと尋ねた。ミカの話によれば、三日ほど前に大学キャンパスで長身、細身の外国人に声を掛けられた。ヨーロッパからの留学生や外国人の教師も多いこの大学だが、そのロジャー何とかと名乗る金髪の外国人は彼らとは全く違う、ハリウッドのスパイ映画にでも出て来そうな容姿を持った男で、ゆっくりとした英国英語を話した。
ロジャーはミカがピジョンというニックネームで参加している魔境伝説というオンラインゲームを主催しているロンドンのコンバイという会社の社員であると言う。彼は謎解きゲーム魔境伝説で国際的に上位の成績をあげた者に声を掛け、特別な謎解きをお願いしていると言った。その謎解きにはコンバイで指定するチームのメンバーとして参加し、チームのリーダーに協力して欲しいと言うのだ。そして今回提示される謎解き問題は「十三世紀のモンゴル帝国軍の日本への攻撃における敗走の謎を解く」と言うもので、この謎解きゲームのリーダーはウリグシク共和国の国立ウリグシク大学歴史学科教授ユースフ・アリシェロフという人物とのことであった。魔境伝説の参加者にはファルコンの名前で知られている人物であると言う。
ファルコン、その名前を聞いた時にミカはピジョンに戻って、畏敬の念に体が震えた。ピジョンがこのゲームに参戦してから知る限りでは、ファルコンは繰り出される世界史の小ネタなどの人文系の問題から宇宙の生成に係る謎と言うような難解な理系の問題まで、出題から十分以内に正解を導き出している。その博識さと回答のスピードの速さはピジョンには到底及ばない。ピジョンことミカと言えばゲームの規約に違反し、自分では太刀打ちできない難問の場合は鎌倉研究会のメンバーに手伝ってもらっている。出題と同時に問題を暗号化しSNSを通じてメンバーに送り回答の作成を依頼する。それでもメンバーから回答を得るまでの平均時間は約一時間であり正答率は75パーセント程度だ。
ロジャーには今回の特別な謎解きについては、決して口外しないで欲しいと言われたが、英語が良く聞き取れなかったことにして、すぐさま謎解きでも片腕の北に相談したのだ。  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?