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幻想小説 幻視世界の天使たち 第8話

ユースフがボイドと約束したスーパーセルの実証実験の日が来た。ユースフの実験室には大型の水槽にテープで目張りをしたいかにも急ごしらえの感のある実験用の透明アクリル製のチューブが備え付けられた。チューブの中には電極がいくつも貼り巡らされており、空気の流れを作るための管が繋げられている。チューブの下部は博多湾を模した小型のジオラマが作られており、その模型の博多湾にはモンゴル帝国軍の高麗船が浮かべられている。このチューブの内部で電極に様々な強さで電流を流し、同時に送風用の管から色々な温度、湿度、風圧の空気を微妙に調整しながら送り込むことで、チューブ内に小規模のスーパーセルを起こす。ユースフは、その小さなスーパーセルが作り出す渦巻き状の上昇気流が模型の軍船に沈没するほどの被害を与えることを検証しようとしていた。
ユースフは今朝もジンの入院している病棟から研究室に来て準備をしていた。実験チューブの最終調整をしながら夜になると病院に出かけ、看護婦に止められながらも息子が今にも目が覚めないかベッドの横で見守りながら夜を過ごしていたのだ。
実験の立ち会いにボイドと初めて見る長身細身のイギリス人が来ていた。ボイドが彼を同僚のロジャー・マカラムであると紹介した。ボイドとロジャーはぼそぼそと何かを話し合っていた。実験開始予定時間の午前十時になると、ユースフが手にコントローラーを持ち、これから実験を始めると宣言した。実験チューブの横にはワン博士とワン研究室の学生が数人チューブに繋げられたワイヤー類のもう片方の端が繋げられている機械の前に陣取っていた。
ユーフスが手にしたコントローラーを動かし始めると、実験チューブの中で青白い火花が起こり始めていた。やがてチューブの上の方に小さなキノコ雲状の霧が出来はじめた。チューブの中では上昇気流が起こっている様子でチューブ自体ががたがたと揺れ始めた。暫く経つとジオラマの博多湾の水が波立つようになった。同時に模型の高麗船も水の上でゆらゆらと揺れていた。ユースフはワン博士の方を見てにこりとした。その瞬間、研究室の照明が消えた。実験チューブの中の雷が消え、チューブの天井にぶつかっていた水も下に落ちて行った。研究室への電気供給が止まったようであった。ボイドとロジャーが顔を見合わせる、ロジャーはそのまま実験室を出て行った。ボイドはつかつかと大股でユースフの所まで歩いて来た。ユーフスはどぎまぎした様子で言った。「ど、どうですスーパーセルが起こったのをご覧になったでしょ」ボイドが首を横に振って冷たく言い放った。「ここまでですな。教授」
その事故は大量の電力が一時に消費され、研究室への電力供給ユニットがオーバーロードとなったために起こったものであった。この実験は大学へ届けていなかったので、電力を補強する策も施していなかったのだ。事故が起こった瞬間にボイドは、これでユースフの実証実験は失敗と断定してしまおうと思った。
ボイドも内心では日本で高麗船が敗走した秘密をたどれば、この中央アジアで何かにたどり着くのではないかと推理していた。理由はコンバイが組織Zから秘密兵器調査のオーダーを受けた際に、マースが独自に収集した情報の一つにフビライハンの残したと言われる古文書があり、その中にサマルカンドの悪魔が災いをもたらしたという記述を見つけたからである。それを見てボイドも純粋な調査、研究の意味ではユースフの立てたスーパーセル説もあり得ると考えたが、コントロールも効かない、その威力もはっきりしないということであれば兵器への応用は無理であろう。仮にそれが出来たとしても、その兵器は敵ばかりでなく味方も犠牲にしてしまうものになりかねない。その観点から、スーパーセル説は、この辺で却下したほうが良いだろうとボイドは考えた。
ユースフはボイドに再度この実験をやらせて欲しいと頼んだが、ボイドは首を縦に振らなかった。しかしユースフが下を向いて肩を震わせて泣き始めた時に、ボイドは次のような条件であればユースフに引き続き研究することを認めると言った。
その条件とは、オンラインコンピュータゲームの魔境伝説で現在ファルコンに勝るとも劣らない力量の持ち主と目されるピジョンに助けを求め、そのアドバイスに従って謎解きを行うと言うものだ。ユースフは、それはこの研究実験の主導権をピジョンに渡すことではないのかと尋ねたが、ボイドは首を横に振った。

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