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幻想小説 幻視世界の天使たち 第5話

コンバイの設立は今から十年ほど遡る。ロンドン在住のインド系イギリス人ミック・マースによって、オンラインのコンピュータゲームの運用を行う会社としてスタートした。当初は参加者になぞなぞのような簡単なクイズを出していたが、やがて世界の歴史、文化、科学などに関する詳細な質問や暗号解読など、回答に深い知識と鋭い推理力が求められる出題に変化して行き、同時に国際的な大手企業がスポンサーとなる多額な賞金を伴ったチャンピオンシップを開催するまでになった。
創業者マースはある時この難問解決ゲーム「魔境伝説」の中で、例えば南米ペルーのナスカに描かれた巨大な絵は何故どのようにして描かれたかとか、エジプト・ギザのピラミッドはいかに構築されたとかなど、確定的な究明には至っていない歴史の謎とされる問題に対してもそれなりに信憑性のある解が得られることに気が付いた。そして、彼はこの方法で禁断の知恵と言うべき情報を裏世界の組織に売り、金儲けをすることを考えた。
やがて、マースは世界的な裏の武器商の組織――コンバイの中ではコードネームでZと呼ばれる――より、現代までの戦争の常識にはない、即ち対抗手段が存在しない、究極の兵器もしくは戦闘手段を開発するという注文を与えられた。
マースは世界の歴史の中で、最強を誇る軍隊が信じられない負け方をした例に究極の兵器に繋がるものが見つからないかと考えた。そして歴史上の記録が残る幾多の戦の中で最も不可解な形で強者が敗走した、十三世紀のモンゴル帝国の世界征服における日本への二度の進撃に注目した。強大なモンゴル帝国軍が日本の沿岸から突如姿を消した。そこには究極の兵器に繋がる何かが隠されている。マースはそこに大きな手がかりがあることを確信した。
彼はこのプロジェクトの責任者に、自らも謎解きゲームの達人アルバトロスとしてその世界では知られるボイドを任命した。ボイドは国籍、出生不明のロジャー・マカラムという男を片腕として究極の兵器を見つけるプロジェクトを開始した。そして、そのために非公開のゲームを行うことにした。そのゲームへの参加は過去の魔境伝説の優秀な解答者に秘密裏に依頼する。しかし、謎の解き手にはこのゲームに隠されたコンバイの裏の目的は知らせないことにした。
ロジャーはウリグシク空港でボイドとは別の便に乗りシンガポール経由日本に向かった。魔境伝説でファルコンに次ぐ名うての回答者ピジョンに会うためだ。
ピジョンは日本の神奈川県鎌倉在住で、地元の鎌倉大学に通う二十歳の女性だ。彼女は歴史、特に中世の日本とアジアの国々の外交史に造詣が深く、魔境伝説で出されるそのあたりの問題には今までのところ百パーセント正解を出している。また歴史上の史実からその裏に隠された事実について推理を巡らせ、ずばっと正解を導き出す切れ味のすばらしさは衆目の一致するところであった。最近では二代目チャンピオンのファルコンを凌ぐ戦績を挙げていた。
魔境伝説で仮の初代チャンピオンとして各ゲーマーの対戦戦相手となり活躍していたボイドはゲーマーとして自分を引退に追い込んだファルコンを高く買っており、ファルコンならこのモンゴル帝国敗退の謎が解き得ると考えてはいた。しかしファルコンが答えを首尾よく出せない場合は、躊躇せずピジョンにも謎解きをオファーしようと考えた。コンバイへの回答期限は九十日後と短く、ファルコンがダメな場合に備えて、並行してピジョンにも検討をしてもらう必要がある。ボイドはロジャーに日本に行き、ピジョンにコンタクトしてもらうことを命じたのだ。


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