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30. チェコのおばーさん(名前)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)


チェコで最も著名な女性作家、ボジェナ・ニェムツォヴァー(Božena Němcová、1820年生〜1862年没)の代表作に『バビチカ(Babička)』、すなわち『おばあさん』がある(より正しくは『おばあちゃん』か)。しかし、ここではその話はしない。

その美しい小川の付近に、かつて、実直な青年、ヤン・フラニェクがその妻とともに居を構えていた。(中略)バルコニーにいるあの女性は、ヤンの奥さんだ。凛としたフラニュコヴァー夫人。(「小さな鱒」より、p.71)

ここで、多くの人が「あれっ?」と思うのではないだろうか?ヤン・フラニェク氏の奥さんなのに、フラニェク婦人じゃないの?

実は、チェコでは男性と女性で名字のかたちが異なる。女性の名字は、基本的に、男性の名字の末尾に「オヴァー(ová)」をつけるのである。「オヴァー」がつく時に直前のeが落ちるなど、ちょっとした細工が必要なものの、ドヴォジャーク(Dvořák)氏の奥さんはドヴォジャーコヴァー(Dvořáková)婦人、チャペク(Čapek)氏の娘さんはチャプコヴァー(Čapková)さんというように、たいていの女性は「男性の名字+オヴァー」つまり「おばーさん」となるのだ。したがって、チェコ人は名字を見聞きするだけで性別がわかってしまう。「アナちゃん、来週は誰と旅行に行くの?」「ドヴォジャークさんと」「ええっ、男の人と!?」のように。

若かろうが年老いていようが、基本的に「おばーさん」であるチェコの女性たちだが、おばーさんにならないタイプの人たちもいる。例えばチェルニー(Černý)家の女性はチェルナー(Černá)さん、ノヴォトニー(Novotný)家の女性ならばノヴォトナー(Novotná)さんとなる。つまり「イー(ý)」で終わる男性名字から作られる女性名字は「イー」を取って「アー(á)」をつける。また稀にではあるが、ペトルー(Petrů)さんのように、男女で同形の名字もある。

ちなみに、日本人女性も、チェコに行くとかなりの確率で「おばーさん」になる。山田さんならヤマドヴァーさんに、川野さんならカワノヴァーさんだ。女性がチェコに行くときには、ちょっとした覚悟が必要かもしれない。

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