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1 「詩は散文である」について 第二回

工藤正廣

 では逆に、すぐれた散文小説は詩を生むだろうか。残念ながら日本の小説ではおぼつかない。あちらでは、ロシアでも、詩でも散文小説についてであれ、ごく普通に、「ポエチカ(詩学)」ということばで、ドストエフスキーであれだれか私人についてであれ論ずる。大長編小説であれ、そこに顕在する詩・ポエジーについて論ずるのを基本とするのである。プロットなどはまた別件である。日本の言語美学は性格を異にするのか、散文小説における詩・ポエジーなど問題にもされないだろう。
 で、ひるがえって、ロシアではパステルナークの『ドクトル・ジヴァゴ』の散文ロマーン(長編小説)を考えると、そこでは、明瞭に、一篇の詩が散文をもたらし、また散文自体が、一篇の詩をもたらす。そういう構造になっている。
 主人公のジヴァゴが、医師でありかつ詩人であったから、長編の巻末に二十五篇の詩篇がおかれたわけではない。詩から散文の記述、物語が生まれ、その物語プロットの進展によって、逆に、その散文によって詩が発生したのである。これがパステルナークのポエチカ・詩学というべきである。
 残念ながら日本では見かけられない。文豪といわれる遺産においても、こういった詩の発生は、ない。知る限り、たとえば折口信夫の『死者の書』であってさえ、歌から『死者の書』散文が生まれ、あるいは、その散文から、歌が生まれた光景をわたしは、もう見なくなった。
 いかに日本の文学言語が困難であるかということにもなろう。しかし大きな可能性、ポテンシャルはある。

 ずいぶん威張ったようなことを言い、ここはご宥恕いただきたい。さて、そこでわたしはこのたび、250ページばかりの散文物語を書き終えて、あの命題「詩は散文である」が身に沁みて分かったように思った。それはなにも「詩的な」散文小説もしくは物語を書くということではない。
 そうではなく最初に一篇の詩があって、そこから散文記述の物語あるいは小説が発生するということだった。
 そしてゆくゆく、その散文の小説もしくは物語から、こんどはさらに新たな詩篇が発生するというようなことだった。
 詩が散文を促し、その散文がさらに詩を促すというような光景だった。
 ことばは、絶えず詩であることも忘れるわけにいかない。ただ一語であっても。(つづく)

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