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消えゆく立呑の聖地@富士屋本店

 中学の頃、友達が持ってきたフォアローゼズをストレートで煽り、ぶっ飛んだのが初めて記憶をなくした時だ。五体投地のように正座して地面に突っ伏したまま、「1番飯田、2番柳田、3番荒井、4番広沢、5番池山・・・・」と当時のヤクルトスワローズのラインナップをひたすら唱え続けていたらしい。地獄絵図だ。以来、洋酒は苦手になった。

 今や空前の立呑ブームだが、私の初めての立呑酒場がここ、渋谷の『富士屋本店』である。名優・大滝秀治が死ぬまで通った名店。大滝氏の「もう駄目だと思ったり、まだやれると思ったり」をはじめ、著名人の色紙もたくさん飾られている。が、はっきりいって酔いどれは、呑みに夢中で色紙なぞ意識していないだろう。私も見たことある気もするが、、、程度だ。

 渋谷という世界最大級の繁華街にあって、立呑らしい価格設定は酔いどれたちのオアシスだったろう。しかもチェーン店にありがちな豚の餌や犬の糞ではなく、飯がすこぶる美味い。馬鹿舌の私の場合は、〆さばとハムキャベツ(別)さえあれば、その日のアテは満足度100だ。そして渋谷だけに、その渋い雰囲気が人々を惹きつけてきた。カウンターの傷一つとっても、半世紀という長い時間をかけないと醸し出せない熟成された空気感があるのだが、あえなく10月末で閉店となる。今流行りの再開発。また似たようなガラス張りの商業ビルが建つのだろうが、この空気感を取り戻すのには、この先半世紀はかかる。その頃、私は死んでいるだろうから、もう二度と富士屋の空気は味わえない。富士屋での時間は儚い夢となるのだ。

 酎ハイを注文する。この店には酎ハイがないので、宝焼酎の二合ビンと炭酸水が出てくる。時折お兄ちゃんがグラスに氷を入れてくれたりしながら、ホッピー(外)も追加して、なんとか二合の焼酎を呑みきる。このくらいになると、口笛を吹き出すくらいに酔いが回ってくる。

 隣の3人組は、富士屋お初だという。なぜ話しかけたのかわからない。おじさん3人組なのに。しかし、盛り上がり。。。

 清酒を頼んでしまった。

 止まない雨はないように、飛べない酒はない。つまりすべての酒で飛ぶことができる。まったく意味不明だが、私の脳内もまた破綻しはじめていった。
 ただ、店の入口の看板に「清酒カンパイ」と掲げてある以上、清酒を頼まないのは不法侵入のようなものだろう。その後、何が起こったかは、私以外のその場にいた人たちしかわからない。

 覚めない夢はないように、醒めない酔いはない。

 気づくと私は、大井町の駅前にいた。

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