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さらば、ハムキャベツ(別)@富士屋本店(渋谷)
いよいよテンカウントが鳴り出した。閉店を惜しむ呑んべいに加え、「なくなる前に噂の名店に行ってみたい!」という一見さんも多く、開店前には100名を超える行列ができているという。先月は口開けに行けば一巡目で入れたがヒートアップしているようだ。
開店1時間前の16時に向かう。さすがに平日のこんな時間から並んでいる変態など私(たち)だけだろうと思っていたのだが、、、いた! 微妙にドレスアップした中年女性が一人、入口の前で少し気まずそうに佇んでいた。むー何時から来ているのだろう。
彼女の後ろに並ぶ。5分ほどで酒の好きそうな顔をしたおじさんが1人。続いて若者2人組、さらに大柄な女性が1人と次々増え、30分くらいで列は角を曲がってお尻が見えないほど伸びて行った。1時間前に来ておいてよかった。
広い。客がいないと、その空間の広さが際立つ。これほどのキャパを備えるハコを渋谷で見つけるのはもう難しいのかもしれない。あらためて貴重な酒場だ。
立呑みはカウンターが命だ。その点、富士屋は抜群だ。体を預けてもビクともしない安心感は居心地がよくてついつい長居してしまう。サイズ感も絶妙で酒とアテを並べた絵面が美しいのだ。このバランスを崩したくないから、すぐ次を注文してしまう。
いい酒場とは経年劣化に反比例するように、独特の重みが醸成される。新品のグローブではキャッチボールもままならないのと同じで、時間に晒されることで店の体幹が鍛えられ、しっくりくるようになるのだ。どんなボロ屋も客で賑わっている店は、チンケな圧力には屈しない無頼な雰囲気がある。いい店ほどそうだ。
50年近く営業を続けてきた富士屋は、のべ数億人の呑んべいたちが数兆杯の酒を煽ってきたことだろう。その安定感、安心感、店に入った途端、俗世を忘れて自由になれる雰囲気が素晴らしかった。酒呑みにはいろいろタイプがあるが、私は洋酒より焼酎系という好みこそあるが酒の味より酔うこと自体が気持ちいい。そして「酒というより”無頼”な酒場の雰囲気が好きなんだ」ということを気づかせてくれる、酒に酔い、酒場に酔える空間だった。
私がユネスコなら、世界遺産に登録するだろう。
と、どうでもいい御託を並べてしまったのも閉店が残念でならないからだ。
注文の仕方がわからない一見さんも多くきているという。そのせいでお別れできない常連がいるかもしれない。ただこういう酒場があったということを一人でも多くの人が味わい、記憶してくれることは大切だと思う。似たような店ばかりが増えていく昨今、平成が終わりを迎え、失われつつある昭和の遺産を目と舌に焼き付けて欲しいと思う。
最終営業日は10月30日(火)。あまりの連日の行列に閉店日を1日前倒したそうだ。
最後になるかもしれないハムキャベツ(別)。その味を噛みしめる、ことなく一気に平らげた。美味いものは、早食いになるってもんだ。
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