【東南アジア15】カラオケで軟禁
朝8時に宿を出て、ベトコン銀行でトラベラーズチェックを現金化。
郵便局へ行き、日本の友人へエアメールを送る。
教会で、ひと休み。
ベトナムの人は日本人同様ほとんど無宗教らしく、仏教徒とキリスト教徒は1割前後らしいが、フランス統治下時代の名残で街には大きな教会があった。
石造りの教会は、ヒンヤリしていて、もちろん静かだし休憩にはうってつけだ。
教会から出て、ブラブラしているとシクロ(人力車)の男が話しかけてきた。
観光しないかという。明らかにボッタくりの展開だが、平気で人を騙すような男には見えず、慣れない客商売を頑張ってやっているような木訥とした雰囲気だった。
油断は禁物だが、この時の僕は暇だった。北に向かう夜のバスまでの時間を持て余していた。
観光は興味がないというと、いろいろとメニューを提案してきた。
薄汚れたノートには、
「とっても親切で、すごく楽しかったです! よかったら、最後にチップもはずんであげてください!」
みたいなことを何人もの日本人が書いていた。だから安心しろという。
結局、カラオケにいくことになった。
ベトナムのカラオケとは何ぞやと。
シクロで走ること30分くらいか。連れて行かれたのは、旅行者の姿などまったくない、地元民が忙しなく生活している地区だった。
案内されるままに暗がりの狭い階段を上がり、通されたのは窓ひとつない汚い小さな部屋。正面に大きなテレビ画面があり、弱々しい電球の明かりの下、「リラッークス、リラッークス」とソファに座らされる。
男はテレビの電源を入れ、カラオケシステムを起動させた。
歌え、歌えと促されるも日本語の歌は見当たらない。
これじゃよくわかんないよと伝えても、男はニヤニヤするばかり。
ほどなく、2人の女が入ってきた。
下着のような薄着。豊満と言えなくもないが、要はデブだ。
しなをつくりながら、僕の隣に座ってきた。
ヤバイ、そういう店だったか。
断りもなく僕の太ももに手を置き、空いた方の手で僕のエクボをツンツン。耳元で何かをささやく。まったく聞き取れないが、変なサービスがスタートしたようだった。
もう1人のよりデブな女は、シクロの男の横に座っている。もはやこいつも客になっていた。
と、別の男が大量のビールにグラス、氷を抱えて入ってきた。
待ってましたとデブがビールの栓をあける。グラスに注ぎ、僕の手に持たせ、自分たちの分も注いで、勝手に乾杯。
とりあえず一口呑んだ。ぬるい。デブはまだ最初のビールが残っているのに、次々と新しい瓶ビールの栓を開け出した。
「おい、おい、ストップ! ストップ!」慌てて止めに入る僕。
「オーケー、オーケー」ニコニコ顔のデブ。
まったくオーケーじゃない。
「帰る!」僕は立ち上がり、ザックを手に取ろうとした。
すると男が慌てて、僕のザックを取り上げる。
「オーケー、オーケー。座れ、座れ」
「ノー!!!!」語気を強める僕。
ザックを引っ張り合うと、女たちは慌てて部屋を出ていった。
僕は腕に力を込めて、ザックを奪い返した。
すると、男は部屋に鍵をかけた。とはいえ簡易的な金具だ。その気になれば、簡単に蹴破れる。相手は小柄な痩せた中年男。刃物さえ持っていなければ、男ごと吹き飛ばして逃げ出せる。
「お前は、俺に嘘をついたんだ!」
こちらの殺気を感じ取ったのか。こちらの怒りにこれ以上の争いは無駄だと悟ったのか。男は戦闘態勢を解除し、「オーケー、オーケー」と穏やかに言って場を落ち着かせた。
「帰るのはわかった。ビール代を払ってくれ」
こっちは一口しか呑んじゃいない。カラオケだってできやしない。女たちが勝手に栓を開けただけだ。そんなのは知らない。
まあ無理だろうと思いつつも抗弁した。
相手の要求は20ドル弱。さすがに金を払わないのは、身の危険もある。仲間でも呼ばれたら、まずい。
結局12ドル程度を渡すと、男はすんなり鍵を開けてくれた。
「サンキュー」とせめてもの捨て台詞を吐いて、僕はゆっくりと階段を降りていった。
外は土砂降りだった。
隣の建物で雨宿りをしていたら、奥から出てきたお母さんが、「しばらく止まないから、ここに座ったら」と椅子を出してくれた。
お礼を言って座らせてもらっていたら、今度はお茶まで飲ませてくれた。
さっきのことがあったので、一瞬、有料かと疑ってしまったが、もちろん親切心からだった。
お母さんのおかげで心が少し落ち着いた。
降り続く雨を静かに見つめていたら、さっきの男がシクロに乗って、僕の目の前を走り去っていった。
去り際にちらりとこちらに送った男の視線は、「俺にも生活があるんだ」と言っているようだった。
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