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推しさんという宗教を信じてる(週報_2019_03_03)

週末はライブを見るために関西へ。
年末からのライブ・遠征ラッシュに、嬉しいけれど、働いても働いてもお金の貯まる暇がない。
新幹線はこだま。
いまどき修学旅行生でももう少し持っているだろうくらいの僅かな千円札を握り締めて一泊ニ日の旅に出た。



会場に4時間前に到着して推しさんを待つ。
いわゆる”入り待ち”というやつだ。
2時間程度は覚悟していたけど、運良く30分程で彼が到着し、先に気付いた推しさんの方から声をかけてくれる。

推しさんは、今日もかっこよかった。
推しさんは私の偶像。

心の準備をしないまま、表情のない素の顔を見られてしまったような気がしてヒヤリとするが、そこは私と推しさん、息もぴったりで瞬時にスーパースターとそのグルーピーに変貌する。

「推しさん今日も世界で一番かっこいい!!」
「生きてるだけで120点!!!」
「この世に生まれてくれてありがとう!!!」

推しさんは才能あるボーカリストだ。
個性的な声に恵まれ、歌唱力も人によって評価が分かれるような曖昧なものじゃなく、充分な実力を持っている。
しかし売れているかと言うとなんとも言えないし、これから先もっと売れていくかと聞かれたら口ごもってしまう。
何が原因とかではない、東京にはそんな人が沢山いるのだ。

推しさんはリアリストだ。
「夢は武道館でワンマンライブ」なんてこの先も口が裂けたって言わないだろう。
そんなところを、かなり一方的に『私たちは似ている』と思っている。
人一倍シビアな推しさんと、人一倍シビアな私が、信仰じみたスターとグルーピーごっこを楽しんでいるのだ。

周りの人には文字通り熱狂的なファンだと思われているに違いない。
けれどもその実情は、互いにクールで生真面目なまでに『歌を歌う人』と『歌を聴く人』で、それ以上でもそれ以下でもない。

推しさんは今日もかっこよかった。
出待ちは3時間かかった。
推しさんと笑いながら別れると、ライブから合わせて8時間立ちっぱなしで浮腫んだ足を引き摺るようにしてホテルに戻った。
疲れた私の顔はいつもに増して醜い。
ホテルの部屋の鏡をすべて養生テープで塞いでいたら、立ち寄ろうと決めていた飲食店のことをすっかり忘れてしまっていた。



ホテルの朝食ビュッフェが期待以上だったので良い朝だった。
寝不足だったので行きの新幹線を長いと感じる暇もなかったし、帰りも案外楽勝だろうと思っていた。

ところが帰りのこだまに乗車して1時間後くらいから複数着信、家族だ。
遠征は基本、黙って行くので新幹線内では電話に出るわけにいかなかった。

イヤホンで推しさんの新譜を聴いていると否応なしに割り込んでくる着信音、額から冷たい汗が出てきて音楽を聴くことを諦めた。
早く電話をかけ直して用件を聞き、安心したいのに、こだまはあと2時間半目的地には着かない。

まったく休まらなかったのに、脳内がそれを認めたくなくて『こだま辛くなかった、体感でのぞみ』などと真逆のことをツイートする。

ツイートは続く。
『滅多にないこんなことにきっと悪い知らせだと思うと電話に出られない、家に帰りたくない。
帰りたくないのに駅でタクシー待ちの長蛇の列に並んで大粒の涙をこぼしてる。』

私の後ろに並んでいる小学生と思わしき兄弟二人が泣いている私の顔を代わる代わる覗き込みに来る。
不思議に思った兄弟のお母さん、私が鼻をすすっている理由に気が付き慌てて子供たちを叱りつける。

ごめんね、悪いのは私の方なのに。
人目もはばからずこんなところで泣いている私が悪いんだ。
だけどね、こんな大きな大人でも、涙が出ちゃうときがあるんだよ。
恥ずかしいよね、
笑っちゃうよね。



一人で暮らせたらどんな暮らしになるだろうと空想するときがある。
部屋の隅にちょこんと正座したときに、残り3つの角が視界にぴったり入るくらいの小さな城に、今の服の量はとても収まりはしないから本当に最低限。
着回しのきかない派手な服はいっそ捨てて。

夜の色みたいな濃紺のカーテンは朝も昼も閉めたまま、気を失うように眠るためだけに帰る、それは今と同じ。
眠れない夜は"家族を棄てなかった場合の自分"を夢想してしくしくと泣くのだろう。
棄てても地獄、棄てなくても地獄。

そんな暮らしを望むことと、駅のホームに身を投げることはどこがどう、違うんだろう。
時折、夜の踏切をただ見に出かける。
真っ暗な踏切に真っ赤な灯りが点滅するあの場所に、吸い込まれたくなる気持ち、私にもよくわかる。

親から受け取ったねじれたタスキを、解いてるつもりが更にねじって、どんどん私の首は絞まっていくばかり。
もう息ができない、絞め上げられて、首がねじ切れるのも時間の問題。

ちょっと疲れた。
誰かにそう、言えたなら。
けれど言えないから、だから私には推しさんという信仰が必要なんだ。

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