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私は偏屈せんせいに診てもらいたい(週報_2018_10_06)

風邪をひいた。
やけに喉がチリチリと渇くのでおかしいなと思いながら眠ったら翌朝にはしっかり発熱していた。

私の風邪はいつも扁桃腺炎と、副鼻腔炎だ。
初動対応を誤ると喘息まで併発する。
なので基本、受診は内科ではなく耳鼻咽喉科へ行くことにしている。
最寄り駅徒歩2分のところにある、偏屈せんせいのいる小さな医院が私のお気に入りだ。

受付に保険証と診察券を出すと同時くらいに偏屈せんせいの声が待合室にまで響き渡る。
偏屈せんせいは早口だ。そのうえ声がデカい。
おー今日もやってるなあ!と目を細めながらところどころひび割れた合皮の長椅子に腰かける。

花粉症シーズンでもない限り、偏屈せんせいの医院は比較的すいている。
理由はなんとなくわかる。
それに看護師さんがコロコロ替わる。
その理由もなんとなくわかる。

初めて喘息で診察を受けた日に、私はなぜか吸入をしながら自民党政権の悪口を延々と聞かされた。
私は政治のことはよくわからないけど、こんな眉毛の長いおじいちゃん先生が興奮し、元気に演説できるようになるのなら自民党政権も捨てたもんじゃない、とにこにこしていた。

前の患者さんがジェネリックのことについて尋ねているのをキャッチすると不謹慎ながら胸が躍る。
偏屈せんせいはジェネリック医薬品が大嫌いだからだ。
ジェネリックと口に出したが最後、ジェネリック導入の背景にどれだけの政治的陰謀が隠されているかという大演説を始めてしまう。
看護師さんは私以上に慣れているのか器具の清掃や消毒をし始める。
私は中待合で耳をそばだてつつも拳を唇に当て、笑いをこらえる。

「先生……そろそろ次の患者さんが……」

しびれを切らした看護師さんの声かけで、偏屈せんせいはようやく私のカルテに目を落とし診察を再開する。
衝立の向こうから解放された聴衆は気の毒なことに小さな子供を抱いた若いお母さんだった。

軽い問診後、手際よく鼻・喉の奥を覗き込まれる。

「来るのが遅い!」

「いや、昨日来たら臨時休診だったんだよ」

「それはすまない…」

偏屈せんせいは自分が悪いときは割と反省が早い。
そこもかわいい。
そもそも声が大きいから誤解されがちだが、偏屈せんせいは決して怒っているわけではないのだ。
最初からそれに気付いていたので私は偏屈せんせいを怖いと思ったことはない。

「下瀬さんね、あなた車運転する?眠くなると困るでしょ?」

「困んない。眠くなったら寝る生活をしてるから。」

「眠くなったら、寝る?」

「うん、眠くなったら、寝る。」

「いい生活してるね!」

偏屈せんせいは大きな声でそう言うと、カルテになぜか〈いい生活〉と記入した。
呆れていた看護師さんも吸入器の部品を差し出しながら「いい生活ね」と言った。

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