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小さな鈴の音のような君の名をぼくは呼びたい(週報_2019_06_01)

5月の週末、始発待ちのいつものトリキに、あの店員さんの姿がなかった。



3月頃初めて声をかけられたときは正直厄介だな、面倒くさいな、と思ってしまってそこから数週間トリキに行くことはなかった。

トリキの少し手前、南口のドンキホーテを3階から6階まで、そして折り返し6階から3階まで全ての通路を塗りつぶすように歩けば、5時の始発とは言わないまでもそこそこの時間になっている。

ドンキホーテは24時間テンションの高い店だ。
なにより、何千、何万という商品が陳列されているのに、一つも欲しいと思える物が置いていない、ものすごい店だと思う。

何千何万もの商品のうちのいくつかを直接手にとってみたのは最初の1日だけで、あとはただひたすらに通路をすり足で歩くだけ、リアルパックマンをやるには私は向いていないと気付くまで、そう時間はかからなかった。

そして5月にはまた私はトリキに行くためエレベーターの⑨のボタンを押していた。
まあ、快適さを考えたら少々の馴れ合いも仕方ないな、なんて上から目線でいたら、肝心の彼女はいなかった。



1週、2週、3週。

愛想がよくも悪くもない男性店員の「いらっしゃいませ」を聞きながら、私は口をへの字に曲げた。
もしかして、辞めちゃった?
だとしたらどうしよう、いやどうしようもないのだけれど。

3週目の会計時、都心部では珍しい日本人アルバイト女性に勇気を出して尋ねる。

「あの…女の子の、バイトの子…辞めちゃいました、か?」

女性店員が眉をひそめる。
いやいや知ってるでしょう、むしろ私はあなたの方を初めて見たくらいなのに!と思いながら「いつも深夜にいて」「中国か、韓国か、そんな感じの」「いつもニコニコしてる」とヒントを出し続けたが、彼女は一向にピンと来ない様子だった。

もう!と焦れた私はついに「○○○ちゃんっていう!!!」と初めて彼女の名札にあったその名を口にした。
すると、先ほどまで怪訝そうな顔つきだった女性店員が、ああ!と明るい表情になり

「彼女は金曜は入ってませんよ、月曜から木曜のシフトなんです!」

と、教えてくれた。
驚いた。
あんなに何度も会っていたつもりだったのに、単純に私が曜日を勘違いしていたのだ。
あほなのかな。

照れくさいのと、気まずいのとで「ありがとうございます……」と消え入りそうな声でお礼を言うと、「また会いに来てあげてくださいね!」なんて、さっきまでのビジネスライクさが嘘みたいな神対応をされたので、とにかく深く深く、うん、と頷いた。





少し空けて、今週の木曜日。
絶対の自信を持って、押す9階ボタン。

迎えたのは外国人男性店員。
あれ?このパターンは、いない、日では?
案の定、最初のドリンクオーダーも店長と書かれた日本人男性が持って来た。

体感でこの店はフロアスタッフが女の子ばかりの日、男の子ばかりの日と分かれていると察していたので、今日は男の子シフト日だ、と肩を落とした時だった。

「お待たせしました」

耳慣れた声がして、顔を上げると彼女がいた。
彼女はもう数席手前から、私だと気付いていたんだろう、今作られた笑顔ではない、悪戯っぽい顔をしていた。

「お客様、お元気ですか?」

彼女の少ないであろう、日本語例文レパートリーの中の1文が、私をめちゃくちゃ元気にさせてくれて、また私は深く頷いた。



初めてその言葉を掛けられたとき、これから親しくなったら嫌だと思ったけれど、そんなことは杞憂で、彼女は真面目で勤勉で、私なんかにかまっている暇などないくらいにいつも店内中を丁寧に掃除している。

むしろ私のほうが、客と店員の垣根を越えて「彼女の国の言葉で手紙を書きたい」などと思ってしまって、始末が悪い。

硬いトリキのシートで足を投げ出しながら、もしも彼女に手紙を書くなら、とずっと妄想していた。

自動翻訳を使うのならば、まず日本語でのベースの文章は端的に、シンプルに。

『私はミチルです』

『私が新宿にいるのは、仕事ではありません』

私がこんな時間まで、お酒も飲めないのに毎週新宿にいるその理由、彼女にどう伝えたらいいのだろう。

私にはあしながおじさんという大切な人がいて、その人が私に小説を書けと言っているから私は小説を書いていて、それを叶えるために新宿で人との出逢いを探していて、あなたもその中で出会った一人なのだと。
それをどうやって、彼女に伝えたらいいのだろう。

頭の中で、何度も書いては消して、を繰り返し、決して出すことのない私の手紙は完成した。





『私の名前はミチルです。
 私の将来の夢は、作家です。
 私はあなたの名前が、好きです』





様々な文字と散乱した脳内の消しゴムカスをはらったあとに、太字で書いたその3行が浮かび上がると、他の誰よりも書いた張本人である私が驚いていた。

そうか、私。
作家になりたいのか。





4時半になるとラストオーダーの有無を尋ねに彼女がやってきたので、今度はにっこりと首を横に振った。
少し早めに店を出ようと席を立ったところで彼女が私に気付き、エレベーターの🔽ボタンを押してくれた。
きっと私が会計中、レジがおつりを吐き出す間に一度背を向け🔽ボタンを押しに行くのを覚えていたのだ。

うん、でもね、ちょっと早い。

案の定、会計が終わって振り向くと既にエレベーターは到着後で、9階から1階へ戻り運転をし始めていた。
正直、1階から9階に上がってくるのを待つよりずっと時間がかかる。

もう、だから馴れ合いは嫌なんだってば。
一緒にエレベーターを待つ時間が、気まずいじゃない。
バカだなぁ、あなた忙しいのに一緒にエレベーターなんか待っちゃって。

そうだ、先週ここで女の子の店員さんに聞くのに初めて声に出した、あなたの名前。
思ってた通り、すごく、可愛い響きだったのよ、別に…言わないけどね。

***

お知らせ🙋

記事が増えてきたので過去記事を読みやすいようにマガジンで仕分け中です。

ひとまず今週はあしながおじさん関連記事を集めたマガジン『月に2回の劣情』を作りました。(タイトルは嫌味です!)(嫌味です!)
今後ジャンル別にマガジンは増やす予定です。
全部『週報』じゃ読んだかどうかわかんないかなって。

あとR18作品マガジンは別名で仕切り直します。
note初心者の頃はR18を売りにして少しでも多くの人の目に触れる目的があったのですが、今はもうそういう時期ではないなと。
おそらく、新宿徘徊系のマガジンに収録し直すことと思います。

引き続き、るんみちをよろしくお願いします🙋

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