2022NPT再検討会議の意義と課題

今回のNPT再検討会議は、NPTの寄託国であり、また、国連安保理常任理事国として国連社会の平和と安全に特別な責任を負うはずのロシアが核兵器で恫喝しながらウクライナを侵略する最中に開催されるという前代未聞の再検討会議であった。このような状況では、従来どおり5核兵器国(N5)が再検討会議に向けて、また、会議中も意味のある対話を行うことはできず、もとより何らかの成果が得られる期待値は非常に低かった。それでも実際に会議が始まれば、多くの国がロシアのウクライナ侵略や核の恫喝を非難しロシアがそれに反論するという場面はあったものの、会議全体が無用にヒートアップすることもなく、NPTの三本柱について落ち着いた議論がなされた。

今回の会議は、前回の2015年と違って、緊迫感が感じられず、全体として緩い雰囲気の中で会議が進行していった。前回の会議はピリピリしていた。核兵器禁止条約の交渉開始の可能性をカードに会議に臨んでいた人道グループと、それを食い止めたい核兵器国・同盟国グループとの間で高い緊張感に包まれていたのだ。今回は、核兵器禁止条約は既にできあがり、それが逆に緊張感の欠如を生み出していたのかもしれない。筆者が会議前から特に注目していたのは、ロシアが核恫喝を行い核の規範に揺らぎが生じている中で、NPT体制への危機感を各国がしっかりと共有できるかということであった。緊張感の欠如は、そうした危機感の共有の欠如と裏腹であるとも感じられた。

緩い雰囲気であったものの、会議が進行するにしたがい、数多くの対立点が複雑な形で浮き彫りとなった。一向に着地点が見える気配はなかったが、最終週にかけての追い込みでコンセンサス採択一歩手前まで行った。最終的には、既報のとおり、主にザポリージャ原発の扱いをめぐってロシアがコンセンサス採択を阻んだが、当初の低い期待値、また、数多くの対立点と複雑な対立構造に鑑みると、コンセンサス採択一歩手前まで行ったこと自体が奇跡的なことと言える。コンセンサス採択の不成立が明らかとなった最終日の公式本会議では、多くの国がコンセンサスに参加する用意があったとしながらも、最終文書案への不満を口にしていた。しかし、外交ではすべての国が不満を表明するほど成功と言われるので、最終文書案はある意味成功であったかもしれない。

会議前に、仮に今回も合意に失敗すればそれは何を意味するのかとの問いに対し、筆者は合意の失敗の仕方によると答えていた。例えばグループ間の激しい対立といったことから、2005年のように全く合意の見通しもない形で決裂する場合と、実質的に合意していたが1,2か国の反対によって採択できなかった場合(例えば2015年)とで意味が大きく異なってくる。今回の会議は、後者の部類に属する。前者の場合に比べると、NPT体制への否定的な影響は抑制的であろう。

実際、今回の最終文書案は、核兵器禁止条約の発効を認めた上で、同条約の根幹をなす核兵器の非人道性への認識が数多く盛り込まれ、また、同条約で新たにクローズアップされている被害者支援や環境修復も盛り込まれた。ロシアの核恫喝そのものを非難することはできなかったが、ロシアの核恫喝を念頭に置いて、核使用に関する扇動的な言動を控えることや、そもそも核兵器が二度と使われないことを確保するようあらゆる努力すること、更には核リスク低減措置を進展させることも盛り込まれた。他にも、透明性・報告メカニズムの構築、被爆地訪問を含む軍縮不拡散教育、原発攻撃禁止の原則、持続可能な開発目標(SDGs)に向けた原子力の平和利用といった今日的課題でもある新たな論点が盛り込まれた。

それでも、NPT体制が大きな問題を抱えていることには違いない。コンセンサス採択一歩手前まで至ったとは言え、NPT体制への危機感が幅広く共有されているという印象は受けなかった。むしろ、NPT体制への強い不満を方々から耳にした。一般討論演説でも、NPTを国際的な核軍縮不拡散体制の「礎石」といった表現で評価するのは主に西側諸国に限られていた。今回成果が得られなければ今後の再検討会議には出席しないとか、NPTから脱退して核兵器禁止条約に乗り移る国が出てくるという噂も流れ、実際、最終盤の公式本会議でキリバスが(どこまで本気かわからないが)NPTからの脱退の可能性に言及した。

NPTの寄託国であるロシアが、核兵器を放棄したウクライナに対して与えた安全の保証(ブダペスト覚書)をあからさまに違反する形で侵略していては、NPT体制への信頼性が維持できるとは到底思われない。多くの非同盟諸国は、核軍縮がなかなか進まず、核不拡散では進展を求められ、原子力の平和利用面での恩恵もさほど感じられないと認識している。それがフェアな評価か否かは別として、そのような認識・感情は年々強まっている。それではNPT体制への不満が募るばかりというのも自然であろう。だからと言って、NPT体制を諦めていいということにはならない。核兵器禁止条約ができたと言っても、5核兵器国のすべてが加入し、ほぼ毎年のように非核兵器国とともに一堂に会する核兵器に関する条約はNPTしかない。義務の内容が具体的でなく曖昧であるとしても、5核兵器国が核軍縮交渉義務を負っている条約はNPTしかない。核廃絶に向けてどのようなアプローチを選好するとしても、NPTを軽視したり、当然視してはならない。いかにフラストレーションが溜まろうと、我々は諦めてはいけない。NPT体制の崩壊は誰の利益にもならないからだ。

今回の会議は、核軍縮は国際政治の現実と切り離すことができないことを改めて示した。今回合意がなかったことですぐにNPT体制が崩壊するということはない。しかし、不平等条約であるNPTは常に不安定性と崩壊のリスクを内包しており、不断のメンテナンスが必要である。そのためには過去の合意の誠実な履行がまず大事である。そして、各国の分断の原因となっている根本的な考え方の違いについて、率直な対話を行う必要がある。そこでは自らの考え方を相手に押しつけたり、相手の考え方を一方的に非難するのではなく、互いの考え方をリスペクトすることが肝要である。その上で、核兵器の廃絶という共通の目標に向かって、具体的に何が障壁となっているのか真摯に特定する共同作業を行えば、自ずと道が開けてくるのではないだろうか。岸田総理の演説でNPTの「守護者」と高らかに宣言した日本に期待される「橋渡し」とはまさにこのような共同作業を主導することであろう。11月に予定されている核軍縮に関する国際賢人会議はまさにそうした作業が期待される。そして、今回のNPT再検討会議の決裂でますます重要性を帯びる来年のG7広島サミットがNPT体制の信頼性の維持・強化に向けて具体的にどのような行動をとるのか、今後注視していきたい。

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