犬自転車で走れ! 時短散歩の決め手
「散歩に行こう」「山に連れてって!」。私の愛犬マイヤーは無類の運動好きだ。彼は鳥猟犬ブリタニー・スパニエルで、キジやヤマドリを追いかけるのが本業である。家でじっとしているのは苦手だし、十分運動をさせないと不機嫌になる。私たちはほぼ毎日、林道を1時間以上も歩くのだが、どうしても時間がとれない日もある。そんな時は、マイヤーに自転車を引っ張ってもらって走る。ほとんどペダルを漕がなくても進む。まるで「犬ぞり」のようなスピード。短時間でも、たっぷり運動できる「犬自転車」の出番だ。
ブリタニー・スパニエルはフランス原産の中型猟犬だ。活発で聡明、だれにでも優しく接することができるのだが、運動不足は問題行動に直結する。うっかり目を離そうものなら、家の中は台風が直撃したような有様になる。ごみ箱はひっくり返り、衣類は散乱する。時には冷蔵庫が開けられ、鍋の中の料理も食べられてしまう。
時間が無いからといって散歩を怠れば、マイヤーはオオカミに豹変する。犬自転車は時短散歩の決め手なのだ。
まずは自転車を用意する。私は林道でも走れ、車体が丈夫なマウンテンバイクを愛用している。
マイヤーには、首を圧迫する首輪ではなく「ハーネス」を着ける。リードを連結する金具が背中に着いており、ハーネス本体は二個のバックルで体に固定することができる。力のかかる胸の部分はクッションのように分厚く、思い切りリードを引いても負担が少ない。私はモンベルの店舗で購入し、もう2年ほど使っている。
この製品は作りがしっかりしており、耐久性に優れている。表面は酷使したため毛羽立っているものの、ベルトや金具、バックルといった部品に痛みはない。マイヤーの命がかかったハーネスとしては、信頼に足る出来だ。値段は約1万円。もう少し安ければ、もっとありがたい。
ハーネスの胸部分には、猟犬用の鈴を付けている。走るとリンリン鳴り、歩行者に接近を告げられる。安全対策のひとつである。
リードはできるだけ太いものを選び、持ち手のループを左手首に通す。走り出す時には、リードをハンドルのグリップに巻き付け、強く押さえる。もしもリードを放してしまえば、マイヤーは勢いのまま暴走してしまう。たとえ転倒しても、リードを握り続ける備えだ。
私が住んでいるのは、高知のど田舎だ。幸い道路の交通量は少なく、ほとんど車が通らない道もある。マイヤーが走り出せば、自転車はどんどん加速する。マイヤーは疲れを知らない。家を出てから帰るまで、ペダルを数回しか漕がないことさえある。
「ハッ、ハッ、ハッ」「リン、リン、リン」。犬自転車は、マイヤーの声と猟犬鈴が鳴る音で結構騒がしい。散歩コースは近所の川沿いの道であり、1度に4~6㌔を走る。登下校の小学生に出会うと、みんなが「ワンちゃんだ」「かわいい」と声をかけてくれる。ちやほやされて、マイヤーもうれしそうだ。
強力な「犬エンジン」が付いた自転車だから、整備には気を使っている。とくにブレーキは常時点検し、確実に止まれるように心がけている。歩行者とすれ違いが困難な場所では、近づく前に自転車を下りる。犬の散歩で他人を危険にさらすことはできない。
しかし、犬自転車は時に「自爆」してしまう。マイヤーは急に用を足すことがあり、予告なしに足を止めるのだ。体重26㌔もあるから、注意していないと自転車が「グイ」と引き止められる。こうなると、バランスが崩れ、人間の方が転倒するのだ。
猟犬のマイヤーは、道端でキジなどの獲物の匂いを感知することがある。そこでも不意に立ち止まり、動こうとしない。犬に引っ張らせて楽をしていると、不注意で痛い目に遭う。
今年春には、旅先の海辺の道で派手に転んだ。海の眺めに見とれていたため、マイヤーの動きを見落としたのだ。突然、止まったマイヤーに引き戻される形になり、スピードが出ていた自転車は転倒。私は数㍍も投げ出され、背中から道路に落ちた。軽い打撲とすり傷で済んだものの、運が悪ければ海に落ちたかもしれない。それ以来、少しでもスピードが出過ぎたと思えば、早め、早めにブレーキをかけている。
犬自転車はマイヤーのお気に入りのひとつだ。最初は自転車が重くても、走り出せば軽くなる。自分のペースで飼い主を引っ張り回すのは、なかなか面白いようだ。彼はきっと「僕が散歩させてやっているんだ」と思っているのだろう。
ほっておくと、マイヤーは陸上選手のように際限なく走り続ける。10分に1度は休憩させ、疲れすぎないようにする。今年の夏は猛暑が続き、犬自転車は早朝に限り、ごく短距離にとどめた。
川での水遊びも欠かさず、自由に走らせた。マイヤーは水しぶきを上げて跳ねまわり、熱い体をクールダウンしていた。
昨年まで暮らした岐阜県郡上市は雪が多く、冬に自転車を走らせることはなかった。路面は雪が無くても凍結するため、スリップが怖かったのだ。
その点、南国高知は恵まれている。真冬でも雪はめったに降らず、路面凍結の心配もない。
もうすぐ狩猟シーズンが始まり、マイヤーは猟犬本来の仕事を担って忙しくなる。でも、時々は犬自転車で散歩したい。人間と犬が息を合わせ、自然の中を突っ走る。これ、かなりハマります。