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Wikipediaの英語記事を投稿すること(存命人物の伝記編)

人に頼まれてWikipediaの英語記事を作って投稿するという経験をしました。記事が公開されるまでには至らなかったのですが、再現性が高そうなヒントが得られたので、備忘録程度のことを記しておきます。

今回は、ベルリンで知り合った人に、自分についてのドイツ語のウィキペディア記事(伝記)を英語版にもアップしたいと相談されました。ドイツ語を英語に直せばいいだけだと思ったら、英語の記事の受け入れ基準が非常にきびしかったという話です。

元々私は、既にドイツ語のウィキペディア基準をクリアしている記事を英語で公開するのは簡単だろうという認識でいました。しかし英語版の場合、「Wikipedia:存命人物の伝記」(あるいは「Wikipedia:Biographies of living persons」)という項目が個別にあるほど、今まだ生きている人間についての記事投稿の基準が厳しいです。英語ウィキペディアは、先に何語の記事が公開されていようと、自分たち独自の基準で記事を審査をします。そこで最も重視される点は、該当の人物が英語ウィキペディアに掲載されるほどの知名度を有し、社会的貢献を果たしているかどうかということです。その前提条件を満たせていないのであれば、最初から英語の記事公開は目指さないほうがよいと思います。結果的にあと一歩及ばずであれば、知名度を高める努力をした上で再チャレンジも可能です(メディア露出を増やすなど)。

今回は以下の流れをたどりました。
1. ドイツ語を英語になおす
2. 英語の記事を投稿
3. 何度も却下
4. 当初の記事内容を大きく改変
5. それでもあと少しのところで却下
6. 断念

上記の3にあたる「何度も却下」のところで、私は初心者がやりがちなミスをいくつか犯しました。主に客観的内容が少なく、脚注が異常に多く、信頼できる外部ソースが不足という3点です。

客観的内容が少ないという部分は、元のテキストが履歴書の自己PRのようだったので、私の判断で余計な部分をばっさり切り落としました。そして、「最も信頼できる外部ソース」の要約程度の内容にとどめました。ここが大きなポイントで、外部ソースと同じことをウィキペディアの記事に書いていては意味がなく、その要約にしておけよというのが鉄則です。外部ソースは例えばですが、その人物や業績について紹介している権威ある組織のページの内容となります。新聞記事、国や公共団体のページなどだと信頼度が高いと判断されます。逆に個人や業界団体のページだと信頼度が低いです。

更に、その人物の個別記事がなぜウィキペディアの英語版に掲載される必要があるのかという根拠も、記事内で明確にする必要があります。その内容は各個人によって変わってきますが、裁判官であれば「~の判決が~のようなインパクトを社会に与えうんぬんかんぬん」、研究者であれば「人参栽培研究に長年にわたって取り組み、ドイツ国内の人参生産量を2000年代の10年間で倍増させた」みたいな個別具体的な内容と社会的貢献度を同時にアピールし、またその裏付けとなる信頼できる外部ソースも脚注につけます。この部分は、記事執筆者の個人的な意見ではダメで、上記と同じく、関連する外部ソースの内容にのっとった形をとる必要があります。

まぁそこらへんのこともよく読めばウィキペディアの新規ページの書き方に書いてあります。ただ、初心者にはルールが多すぎて全てを把握することがなかなか難しいです。とりあえず注意内容をふわっと把握した上で投稿し、ウィキペディアの先輩ボランティアからコメントと注意をもらい、貼ってあるリンク先の注意を読み直し、それを記事の修正に反映させるというトライアンドエラーを繰り返すしかないです。その過程で、あそこに書いてあったことはこういうことか、とルールを理解していく感じです。少なくとも私はそういう進め方をしました。

脚注が多い問題については、私の理解が追い付かず、ボランティアに何度か同じ注意をされました。私は元のテキストの内容について見つけられる限りウェブ上の証拠(?)を探してリンクを貼り、脚注を増やしていきました。こうすることで記事の信頼性を高められると勘違いしていたからです。しかしこれは「Citation overkill」(引用過剰)と独自の用語ができるほど、初心者がよくやる問題行為でした。
これについては、テキストを修正する場面で、引用を最低限に減らしました。重複を削り、引用記事内で当該人物が主要テーマになっていないソースと、それに対応するテキスト部分は削除しました。最終的に元の3分の1くらいにまで脚注の数も減らしました。

今回の一番の問題は、当該人物について信頼できる外部ソースが少ないという点でした。それは裏を返せば、その人物がそこまで有名じゃないし、客観的に評価されていないということです。そこは、私の力ではいかんともしがたいところでした。ウィキペディアによる最後のチェックでは、本文と脚注はほぼOKだけど、信頼できる外部ソースをいくつか加えてねとコメントされ、ここで私の試みは終わりになりました。ない袖はふれません。

これが英語版ウィキペディアの記事投稿の経験談で、元祖ウィキペディアとも言うべき、英語版ウィキペディア関係者の責任感と自負心の強さを垣間見た気になりました。その英語版に比べ、ドイツ語と日本語ウィキペディアにおける投稿基準はずっと緩かったです。緩いというか、投稿した記事がそのまますぐに採用されました。

英語のテキストですが、ある程度文法のミスや不自然な言い回しがあっても、そこは問題視されない印象です。機械翻訳そのままは絶対にダメですが、人の手が加わった翻訳で、それなりのレベルで英語になっていて意味が通じるものであればOKみたいです。ウィキペディアのいいところは、有志が集まって記事を作っていくところなので、私の記事の場合は、英語が母国語っぽい人が細かなミスを修正してくれていました。記事の完成度が高まれば、他のボランティアが協力してくれるようになってきます(多分)。

また引用文献は何語でも大丈夫そうです。チェック側のリソースの関係から、個々の文献がひとつひとつクロスチェックされたりはしません。チェック側の人は、記事全体を通して読めば、その記事が複数の基準に合致しているかどうか大体の判断がつけられるのだと思います。もし個別の引用文献だけチェックしたければ、英語以外の記事でも機械翻訳で大体内容は把握できますしね。

私がウィキペディアの英語記事投稿にチャレンジしようとしたときには参考になる日本語記事がすぐには見当たらなかったので、ピンポイントではありますがこんな記事も書いてみました。記事投稿は絶対一度ではうまくいかないと思うので、何度もトライして、他のボランティアにも意見を聞きながら気長に修正を重ねていくことがポイントです。面倒ではありますが、ある程度の英語力と国語力があり、ウィキペディアの技術的・内容的ルールに慣れれば、そこまで難しい作業でもないのかもと思ったりしました。機会があればまたチャレンジしたいです。次の機会があるのかどうかは怪しいところですが……。


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