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[書評] 飛鳥昭雄の近著(2022)

〈飛鳥昭雄は以前から世界中の戦争は「太平洋戦争」を含め、全て"宗教戦争"としている〉と著者は書く。

その観点から、本書では〈歴史&宗教史の正統をめぐる対立構造〉を基盤にすえて分析する。

ひとこと申上げると、この方面に関心があり、日頃ベンジャミン・フルフォードの地政学レポートを読んでいるひとであっても、本書はところどころ深い部分があるので、読む価値があるかもしれない。

たとえば、第三次世界大戦の狙いとか、レーガン・ドクトリンの現代における意味合いとか、ヤ・ゥマトを聖書に見るところとか、世界のパワーブローカーの存在など、他ではあまり見られない記述がある。率直にいって、本書を読むだけでは、これら全部を理解するのは無理である。著者の他の著作にあたる必要があるのだろう。

著者の叙述は、端々に重要な記述が隠れており、意識して読まないと見落とすおそれがある。

ひとつだけ、本書の基軸となる宗教史の正統の問題について、検討を加えてみよう。その正統そのものをめぐって戦争になると著者が主張するほどであるから、その部分は読者としても慎重に吟味するほうがよいと思われる。

著者がバチカンの〈世界で最初にローマ帝国がキリスト教を国教にした〉との主張を〈まっ赤な嘘〉と断じるのはなぜか。これは、ふつうに世界史を学んだ人の多くがそう思っているだろう点だ。

著者は〈「アルメニア王国」は303年頃に世界で初めて国としてキリスト教を受容した〉と述べる。

これは本当なのか。調べると、〈301年アルメニアはキリスト教を国教とし〉とある(『日本大百科全書』)。

著者はさらに詳しく、〈東ローマ帝国の「東方正教会」の聖人 ニュッサのグレゴリオスにより、アルメニアの国王ティリダテス3世がキリスト教に改宗〉したと書く。

この〈東方正教会〉の部分は本書の論旨にとって重要だ。正教会内部の争い、正確には正教対バアル教の構図がこの戦争の根底にあると著者は見ているからだ。このティリダテス3世の部分は本当なのか。

調べてみると、本当だった。どころか、アルメニアのキリスト教化の歴史は、早くも1-2世紀にさかのぼることがわかった。

H. P. コルヴェンバハは次のように書く。

キリスト教は1-2世紀にアルメニアに伝来し,改宗者がいた可能性は大きく,アルメニア教会の伝承によれば,この教会の起源は使徒の時代に遡る.歴史的な裏づけはないが,伝承によれば,アルメニアで初めてキリスト教を宣教したのは,1世紀後半,キリストの二人の使徒バルトロマイとユダ・タダイであったとされる.3世紀末ないしは4世紀初頭,国王ティリダテス3世(〔ギ〕Tiridatēs III, 〔アルメニア〕Trdat III, 在位297頃—330)の改宗によって,アルメニアは世界最初のキリスト教国となった.王に洗礼を授けたのは,「照明者」(〔アルメニア〕Lusavorič)と呼ばれるグレゴリオスである.(『新カトリック大事典 I』)

ローマ帝国でのキリスト教の正式な国教化(キリスト教以外の宗教およびキリスト教の異端の信仰の禁止により、ローマ帝国内唯一の国教とする、392年)より百年くらいアルメニアのほうが早いことになる。

なお、グレゴリオス〔照明者〕は、240頃—330頃の(東方正教会の)聖人であり、本書が挙げる〈ニュッサのグレゴリオス〉(330頃—395頃)は時代が合わないので、誤りである。

以上のように、細かいところに誤りはあるが、本書のこの件に関する記述は、大枠として正しい。

この調子で、本書はキリスト教の歴史などについて、掘り下げた考察をするところが多く、時事的な問題の背後にある宗教問題を考えるうえで参考になる。

#書評 #飛鳥昭雄 #アルメニア

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