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[書評] 黄金比とボッティチェッリのヴィーナス

アルケミー『黄金比は次元を超える 第1章 ヴィーナスの暗号』(2022)

アルケミー『黄金比は次元を超える 第1章』(2022)

美しい本だ。

固定レイアウトの電子書籍というと、冊子体のレイアウトそのままを画像化したものがふつうで、本で見たときの感じは分るものの、電子書籍としての読みやすさとか美しさとかは、もう一つのことが多い。

ところが、本書はちがう。初めから電子書籍としての見やすさに細心の注意をそそいで作られている。デザイナーの著者ならではの本だ。

そして、この見えやすさは本書の鍵の一つになっている。なぜなら、本書は数学的概念である黄金比を可視化して、数式抜きでヴィジュアルに主題を納得させようとする本だからだ。

その主題とは、古代から現代にいたる目に見えるものの背後にある、ある数理の秘密である。それが何なのかは、分冊版の第1章である本書では、まだ片鱗しか分らない。

本書で鮮かに示されるのは、ルネサンス期の有名な芸術品、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」と、ダヴィンチの「モナ・リザ」と、ミケランジェロの「ピエタ」に隠された黄金比だ。この3人の芸術家はいづれもメディチ家の支援を受けていた。

本書によれば、メディチ家は、哲学者フィチーノに援助を与え、プラトン全集や、ヘルメス文書の翻訳にあたらせた。これらの書物がルネサンスの思想家たちに大きな影響を与えた。

メディチ家が主宰する私的なサークル「メディチ・アカデミー」がルネサンス思想の拠点になったと本書は指摘する。そこは、すぐれた天文学者、思想家、芸術家、人文学者が集まり、古典についての知識の共有がおこなえる場所であったと、本書は指摘する。メディチ・アカデミーを中心になって運営していたのは、フィチーノだった。

さらに、本書によれば、メディチ家は近代科学の前身である錬金術の研究に莫大な投資をしたという。本書は〈アルコールや火薬,真鍮の製法は錬金術師が発見した〉ことを指摘する。

プラトンの『ティマイオス』には、古代ギリシアより古い時代に高度なアトランティス文明があったが一夜にして滅ぼされたことが、古来より口伝されていたと記されていると、本書は指摘する。

本書は、つづいて、錬金術師の祖であり、建築家、天文学者、魔術師である古代エジプトのトート神(ヘルメス)について述べる。

古代ギリシア人はトートをヘルメスと同一視し、ギリシア神話のオリンポス12神の一柱に数えていると、本書は指摘する。

〈トート神は古代エジプトの神聖文字『ヒエログリフ』の発案者であり,学問の神として崇められ,知性だけでなく精神面においても後世に影響を与えました〉と、本書は述べる。

キリスト以前の〈古代宗教や,ギリシャの哲学者たちの思想はトート神(ヘルメス)から大きな影響を受けていると考えられています〉と、本書は指摘する。

前述した、メディチ家が翻訳させたヘルメス文書は〈エジプトのアレクサンドリアで統合されたヘルメスが伝えたとされる文書群〉と、本書は述べる。同文書には、〈哲学,宗教,占星術,錬金術,魔術など〉が含まれると、本書は述べる。

本書には黄金比は1.618とだけ書いてあって、なぜその値になるのかの説明はない。

この比の値はよくφで表される。辺の比が1:1.618の四角形を黄金長方形と呼び、それだけ分れば、本書は読める。

黄金長方形の中に最大の正方形を取ると、残った長方形がまた黄金長方形になる。以下、えんえんと相似の長方形が出てくる。

黄金長方形の短辺をa, 長辺をbとしたときに、次の等式が成立する。この a と b の比が黄金比(1:(1+√5)/2)である。

a : b = b : (a+b)

この比から次の式が得られる。

a(a+b) = b^2
-b^2 + ab + a^2 = 0

ここで a=1 と置く。求めるのは b/a の値なので、こうしてもかまわない。すると、

b^2 - b - 1 = 0

を解けばよいことになる。

中学で習う二次方程式の解の公式にあてはめると

b = (1 ± √5) / 2

となる。b は線の長さゆえ、正の値になる。すると、

b = (1 + √5) / 2

になる。√5 = 2.2360679 . . . だから

b = 1.6180339 . . .

の値になる。これが黄金比(φ)である。無理数である。

つまり、この値は中学レベルの数学で計算できる。

値に納得がゆけば、あとは黄金比が、絵や建築など、さまざまのものに表れるさまを見てゆけばよい。

本書での黄金比の適用の仕方は静的なもの(「モナ・リザ」の顔の縦横比が黄金比など)のみでなく、ダイナミックである。黄金比を回転させたり反転させたりして、合致する点を検証しているのである。

そして、本書で一番おどろいたのは、これらの芸術家が、実は黄金比の静的な適用だけでなく、動的な運用方法も知っていたのではないかと推論していることである。

もちろん、芸術家が直観にしたがって作った作品に黄金比が見られることは、著者自身も経験しているし、実際にあることだとは思う。しかし、そういう数学的な原理を芸術作品に意図的に応用していたのではないかという仮説はスリリングである。

著者の推測によれば、黄金比の回転という、これまで公になっていない、知られざる知識は〈古代から秘密裏に継承され,メディチ・アカデミーや芸術家の師弟間で共有された秘儀だったのではないか〉とのことだ。

本書123頁に螺旋階段の写真がある。著者によれば〈奥行き(Z軸)が加わることにより階段が縮小していく様子〉とのことだが、ここにクレジットはないものの、これはバチカン美術館に間違いない。これは、〈黄金比の大きさを変えることで,黄金比にZ軸(奥行き)が加わり,3次元の遠近法が出現している〉ことになるという。

#書評 #黄金比 #メディチ家



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