南浦和という町

会社の都合で、南浦和に6か月住んでいた。仮住まい的なことはわかっていたので、あまりこの町に根を張るようなことはしないだろうなぁと思っていた。
スーパーのポイントカードは作らなかったし、よく行く居酒屋もないし、「どうせ出ていくのだから」という気持ちがあった。
しかし、南浦和を離れた今猛烈に恋しい店がある。カメラ屋である。南浦和にはたぶんカメラ屋が一軒しかなく、フィルム現像のために一か月数回程度で通った。
最初フィルムカメラの使い方さえ知らなかった私は、来店するたびにフィルムの交換の方法を聞いた。店主さんはそのたびに「フィルムカメラの使い方のレクチャーは本当はレッスン料がかかるんだからね」と言いながらも毎回みっちり教えてくださった。毎回タダ聞きしている罪悪感にかられたことで、機械音痴の私にしては早めにフィルムカメラの使い方をマスターできた。
現像代が安くなる土曜日を狙ってフィルムを使い切るということをしているうちに、お店のご夫婦から名前と顔を覚えてもらえるようになり、雑談をするようになった。九州に旅行に行くと伝えると楽しんでおいでと背中を押してくれたり、空の色がしっかり見えるように調節しておいたよ、と写真から私が撮りたかったものの意図を汲んでくださったりして、本当に心の優しいご夫婦だった。
南浦和を出て関西に行くことになったと伝えた時にも、関西方面の知り合いのお店を教えてくれて最後までとても親切だった。
仮住まいだからといって町に溶け込む気がない私にも優しくしてくれたご夫婦がいる町、南浦和という町は素晴らしい街なのかもしれない。そう気づくのが遅すぎて今、南浦和という町にいとおしさを増している。

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