良い意味で私の当たり前はみんなの当たり前ではなかった


私は軽度の知的障害を持っています。

昔から母親に親は先に亡くなるのだから一人でなんでも出来ないといけないと買い物、掃除、料理など一通りの家事など教えてもらったりお金の使い方など学んできました。

高校生になるまでお年玉がお小遣いで1月に1年分計算する、毎月決まった日に一ヵ月分自分で封筒から出す

その封筒の中なら多く使おうが文句は言われない
でも少なくなって貯金している余りのお年玉を下ろしてと言うとものすごく文句を言われる
友達と出かけすぎとか買い物し過ぎとかお父さんが働いたとか年金からくれたお金とか言われた

子供の頃はうるさいと思ったけど今、働いて稼ぐと言われた意味が分かる

そして私は生活費、治療費お小遣いの3のお財布に分ける事にした
そしたら分かりやすく家計簿やお金のやりくりが苦手な私でも続いた

人との関わりは生活して行く中で学んだ
仕事のストレスやイライラを他人にぶつける
喜怒哀楽が激しい、音や言葉に敏感など色んな人がいる

その特徴は本人だけではなく家族や本人を取り巻く人や環境もあると思う

例えるなら
今まで穏やかな人が叱責の多い上司の元で働いていたらストレスなどで他人に当たるとか言葉に敏感に反応するとか
逆に叱責の多い上司から少ない上司に変わって穏やかになるとか

本人ばかりを問題視するのではなく取り巻く人や環境も考えて、問題視するべきだと思う

私がこの考えに至ったのは、知り合いが同じ軽度の知的障害がありそれを叔母家族は受け入れてもらえず馬鹿扱い
祖母に育てられその祖母も口調が強いなど色々本人が話してくれた

その本人も口調が強い、やはり叔母家族や祖母が口調強いその環境下で育ってきてその口調が当たり前になっていたからだと思った

私の父親はうつ病を患っており仕事のストレスでイライラして当たってくる時や口調が強い時が多いそれにひきかえ母親は口調が優しい私は父親の言動に傷つき学び口調は優しく言葉選ぶようにしていた
できていたかは分からないけど

人は自分自身だけではなく環境や取り巻く人の影響で考えや性格言動行動が大きく変わると感じた

自立心もお金の使い方も私は当たり前だから普通に話すと障害支援の人は普通の人でもお金のやりくりや家事をこなす人との関わりが難しいのにとても上手いと褒めてくれる
親が当たり前に教えくれたからである
何度も言うけど親や取り巻く人や環境で良くも悪くも人は成れてしまう

もし今、自分が変わりたいと思っているなら関わってる人を見直すと変われるヒントがあるかもしれない

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