バス

何もしてないと思われてもいい。私は私を生きてるから

東京で仕事をしていたときは、会社の名刺もあり、朝からバタバタと出かけて夜にバタバタと帰ってくる生活で、


自分とは誰なのか。

私って何をしてる人?


という自問をすることもなく、出会った人に職業を聞かれて戸惑ったことなど一度もなかったのに、ツーリストとしてではなく住人としてパリで暮らすようになってからは、出会う人、出会う人に、開口一番に職業を聞かれ、何と答えたらいいのか戸惑うようになりました。


フランス語で職業を聞くとき、


Qu'est ce que tu fais dans la vie ?

あなたは人生で何をしているの?


という言い方をするので、職業(métier:メチエ)を 直接聞かれるよりも、ぐぐっと胸に迫る何かがありました。



フランスのテレビ番組を見ていても、視聴者参加型の番組では、司会者は必ず最初に、このフレーズで参加者に尋ねます。



主婦ですっていう人はほとんどいなくて、子沢山の女性でも学校の先生であったりアソシエーションで働いていたり、堂々と、私は〇〇をして生きていますというものがあるのです。


私は、子供を育ててはいたけれど、旦那様を支える主婦というわけでもなかったし、


人生で何をして生きているの?


と聞かれるたびに、なんか体裁のいい答え方はないかしらと自問自答していたものでした。




フランス、特にパリでは女性は職業を持つのは当たり前で、リア充なフランス女子たちの中には華やかな経歴や出世や地位などが好きな人も多く、そうでない人は能力のない魅力のない人と見下されるような風潮もありました。


もちろん密かに専業主婦に憧れる女性もいるのだと思いますが、それをおおっぴらに言える雰囲気はあまりなく、自分はコレコレをしていますというものがないとちょっと居心地の悪いようなそんな感じなのです。



私は、日本を出てパリで暮らすと決めたときに、もうサラリーマンには戻らないと決めていたので就職活動はしなかったのですが、パリで働きたいと思う若い女性から見ると相当不思議ちゃんだったのだと思います。



フリーランスでの仕事も極力減らして受けないようにしていました。

どうしてもと頼まれて断りきれなかったこともありますが、商業翻訳の仕事も広告コピーの仕事も、私にとっては時間の切り売りのような感じで、報酬はいただけても失う時間の方がもったいないような気がしていたのです。



ここで私が書いていることは、仕事で自己実現をしたいと思っている若い女性にはわかりにくい感覚かもしれませんが、実は、私は昔から、仕事で何かを達成したいという願望があまりなかったのです。

たまたま大企業に入り、たまたま責任のある仕事を任されるようになり、何とか頑張っていましたが、それもこれも、すべて、自由な時間を得るための手段に過ぎませんでした。

なので自分の職業や会社に対しての執着はゼロで、自分の目標を達成するための手段として、歯を食いしばって働いていたのです。



私の目標とは、経済的自由を得ることです。


なので「〇〇に勤めている〇〇な職業の私」や「〇〇という才能を持ってフリーで稼いでいる私」のような堂々と誰かに説明できる肩書きのようなもののどちらにも価値を置いていませんでした。


どんなにカッコ良い職業についていても、それを失った時点で路頭に迷うような立場ではいたくなかったし、肩書きでチヤホヤと崇拝されることにも興味はありませんでした。



そんなことよりも、何にもしてない私というのに憧れていたのです。

そしてそれが目標でした。

なので、また東京で暮らしていた時と同じような暮らしには戻りたくなかったのです。

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